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 ユルドの手を引き、ただ歩く。
 何も考えてはいない。終わりはただ呆気ないものだった。これでレンヴォルトとの関係は本当に終わりだ。
 これでよかったのだ。やっと私は自由に生きていける。

「リディス」
「何かしら?」

 人通りが少なくなった道でユルドに呼びかけられ、掴んでいた彼の手を離し、振り返る。顔にはニッコリと笑みを貼り付けている。いつものように。私は聖女だ。いついかなる時も、聖女らしく凛としなければ。

 それがエオリアの聖女として、私が求められるものだからだ。
 大丈夫。うまく笑えているはずだ。

 ――そのはず、だった。

「リディス、もう気を張る必要はない」

 ユルドが私の顔を見て、キッパリとそう言った。
 見破られた。なんで。
 そう思う私の表情は顔に出てしまったのか。ただ驚愕するしかない。

「全く、お前は……」

 ユルドは悲しいような怒ったようなよく分からない表情をすると、今度は彼が私の手を引いた。

 ――ぽす。

 呆気に取られた私はなすがまま、彼の胸板に顔を埋めさせられる。気づけば私はユルド腕の中に捕らえられていた。

「無理をするとそうやって作り笑いする癖、まだなおってなかったんだな」
「別に、無理なんて――」
「嘘つけ。声が震えてるぞ」

 ユルドにそう言われて押し黙る。どうやら彼には全てお見通しらしい。

「……なんで分かったの? 私が無理してるって」
「幼馴染だからな。お前が聖女としてどう在るべきかと振る舞う姿勢はそりゃ確かに凛々しいし、素晴らしいことだと思うぞ。でも全てそうする必要はないんだ。リディスはリディスだ。思うことがあるなら素直に吐き出せばいい」
「いいの? 本当に」
「ああ、なんたって俺はお前の幼馴染だからな。俺は何があってもお前の味方だから、どんなことも受け止めてやる」
「分かった」

 一言頷いて、私はユルドの胸板に顔を強く押し付ける。そこで深呼吸して、胸の内にためにためまくったを一息に思いをぶちまけた。

「もう本当にありえない! あんなやつだとは思わなかったわ。恋は盲目って言うけど学生時代の私は本当に何も見えてなかったのね。あんな男を好きでいたなんて。あんな男を五年も慕っていたなんて! リズベットもリズベットよ。私を出し抜いて子どもを作るとか。絶対性格悪いわ。縁切っといてよかったわ! もう二度と関わりたくない!!」

 関係を切れてよかった。本当に清々した。
 そう思っている。思っている、はずなのに。

「本当に、私の五年間は、なんだったというの……」

 ポロポロと涙が零れるのはなぜなのか。
 涙は流さないと決意したはずなのに、何故また私はこうやって涙を流しているのだろうか。

「本当に、最後まで最低……」

 涙の理由は怒りか悲しみか。自分でもよく分からない感情が溢れて、気持ちが上手く整理できない。
 溢れた涙を止めることができず、嗚咽を漏らす私をユルドが強く抱き締める。

「よく耐えたな」

 ポンポンと労わるように肩を叩かれ、また涙が零れる。

「泣いてもいいんだ。一人で耐える必要はないんだ。一人で泣くのが嫌なら、俺が支えるから。リディスは一人じゃない」

 ユルドの優しい言葉が、気遣う心が、ゆっくりと身体に染み込んでいくようだった。

「ありがとう」

 これで泣くのは本当に最後だ。五年にも及ぶ彼との関係は本当の意味で終わりを迎えた。
 これからは自分のために何もかもを我慢せずに生きよう。前を向いて、強く生きよう。

 けれど、今だけは。耐えずに、少しだけ心に素直になろう。

 ユルドに抱き締められながら、しばらく私は涙を流し続けた。
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