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第一ラウンド
お目覚めのクール令嬢は、寝起きに弱い
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「起床の時間です。お目覚めください、イリス様」
柔らかな朝日が差し込むレラージャ王国王都ラーナの一角。
貴族が住まう邸宅が並ぶ貴族街の一角にある一際豪奢な白亜の邸宅――アルマイン侯爵邸の一室で、イリスは侍女に起こされ、目を覚ました。
四季を巡るレラージャ王国では今は女神の息吹が訪れる春の季節。
暖かさが戻ってくる季節とはいえ、朝はまだまだ冷え込みが厳しい時間帯だ。
当然暖炉の火を消されている室内は寒く、冷気が立ち込めている。
「んー……」
一応目は覚ましたものの、イリスは侍女の呼び掛けにゴソゴソと身動ぎで応えるだけで羽毛布団の中から出ようとはしない。
朝の起床が苦手な彼女にはよくある光景だった。
「またですか……。あなたは全く……」
――仕方ないですね……。
長年彼女に仕えている侍女のレリアナ・ヴィンサイトは寝起きの悪い主人に溜息を着くと、お仕着せのメイド服のエプロンからとあるものを取り出してそれをヒラヒラと振りながら、大仰に声を上げた。
「あ~あ~、折角例のものを入手したのでイリス様に差し上げようとお持ち致しましたのに。これではお渡しできませんわね。仕方ありません。これは私が有難く頂くとしましょう」
ガバッ!
「今起きたわ。おはようレリアナ」
光の速さだった。瞬速だった。
一瞬にして起き上がったイリスは寝起きとは思えないキリッとした実にクールな表情でレリアナに挨拶をする。
さすがは鉄仮面令嬢。いついかなる時もクールな表情がとても似合う。
たとえ身に纏うのは寝巻きであっても。寝起きのために髪の毛があちこち跳ねていようとも。その美貌が損なわれることはないのである。
「はいはい、おはようございますイリス様。いつもそんな感じで素早く起きて頂ければ私としても楽になるんですけれどもね」
「それは無理な相談ね。私は朝起きるのが苦手だもの。美形男子がイケメンボイスで耳元で囁いてくれれば少しは起きられるかもしれないけれど」
「それは儚い夢ですね。鉄仮面令嬢であるイリス様はもう17歳であらせられますのに、未だ婚約の話が来ないのですから」
「まだ17歳よ。まだ焦る様な時間ではないわ。家は弟のイレースが継いでくれるのだし、第一私はまだイケメンを鑑賞していたいの。婚約者なんて邪魔な存在いらないわ」
「年頃の令嬢としてその発言はどうかと……」
「今はそんな話どうでもいいのよ」
呆れて目をぐるりと回すレリアナに、イリスは今はそんな話をしている暇はないとばかりに話題を一蹴する。
そう、今は婚約者の話などしている時間は無いのだ。
それよりももっと重要なことがある。
「さぁレリアナ、あなたがその右手で持っている例のブツを頂戴な。私がどれだけ楽しみにしていたと思っているの。勿体ぶらないで早くそれを渡しなさい」
「焦らなくても差し上げますから怖いので無表情で私に迫るのはやめてください! 目、目がマジになってます! 血走ってます! 怖いです! 落ち着いてくださいイリス様、差し上げますから!!」
無表情ながらも血走った目と荒い鼻息で迫られたレリアナは半ばドン引きしながら右手に持っていた例のものをイリスへと差し出す。
イリスは目を爛々と輝かせながら、それを手に取り、満足気に荒く鼻息を漏らす。
イリスが鼻息荒くレリアナから受けとったのは、一枚のチケットと小冊子だった。
これぞイリスが求めていた例のもの。
人気が高く、前売りで発売されたチケットは即完売したために一般発売の分を死ぬ気でなんとしても獲得してくれるようにレリアナに頼んでいたのだ。
「いつの日にち分のチケットが取れたのかしら」
チケットを眺めたまま問いかけてくるイリスに、レリアナはふふん、と得意そうに胸を張って答える。
「勿論今日です! イリス様イチオシの美形俳優ラチェット・ディクソンが舞台挨拶する限定イベントの分ですよ! 席は二階貴賓席をゲットしてきました!」
「まぁ、なんてことなのレリアナ……あなた最高だわ!!」
「当然ですとも!」
「さぁ、おちおち寝ていられないわ。ラチェット様をじっくり鑑賞できるまたとない機会よ、急いで準備をはじめましょう。レリアナ手伝って頂戴!」
「お任せ下さい!」
羽毛布団を蹴りあげて起床したイリスはいそいそと準備を始める。
この一ヶ月間待ちに待った公演だ。
これ以上寝てなどいられなかった。
チケットと小冊子をベッドの横に備え付けた棚に一先ず置いて、イリスは顔を洗いに室内を駆け回る。
そのまま室内から姿を消した彼女が残した小冊子にはこう書かれていた。
――舞台『美形の楽園』シリーズ待望の最新作!
今回は一風変わった美形の乱、筋肉の戦い、『大運動会』!
名だたる美形男子達が己の肉体を武器に紅白に別れて戦う今回の舞台。
涙あり、感動ありの大運動会。果たして紅組と白組、勝つのはどちらだ!?
劇団ラインズセンスによる乙女の乙女による乙女のための舞台、興奮すること間違いなし! 舞台をお楽しみに!!
レラージャ王国王都で今人気の美形男子のみが集められた劇団ラインズセンスによる『美形の楽園』シリーズの最新作。
この公演を誰よりも楽しみにしていたであろうイリスはこの時はまだ思いもしなかった。
――まさかこの舞台で、第一王子セラムに再会することになろうとは。
柔らかな朝日が差し込むレラージャ王国王都ラーナの一角。
貴族が住まう邸宅が並ぶ貴族街の一角にある一際豪奢な白亜の邸宅――アルマイン侯爵邸の一室で、イリスは侍女に起こされ、目を覚ました。
四季を巡るレラージャ王国では今は女神の息吹が訪れる春の季節。
暖かさが戻ってくる季節とはいえ、朝はまだまだ冷え込みが厳しい時間帯だ。
当然暖炉の火を消されている室内は寒く、冷気が立ち込めている。
「んー……」
一応目は覚ましたものの、イリスは侍女の呼び掛けにゴソゴソと身動ぎで応えるだけで羽毛布団の中から出ようとはしない。
朝の起床が苦手な彼女にはよくある光景だった。
「またですか……。あなたは全く……」
――仕方ないですね……。
長年彼女に仕えている侍女のレリアナ・ヴィンサイトは寝起きの悪い主人に溜息を着くと、お仕着せのメイド服のエプロンからとあるものを取り出してそれをヒラヒラと振りながら、大仰に声を上げた。
「あ~あ~、折角例のものを入手したのでイリス様に差し上げようとお持ち致しましたのに。これではお渡しできませんわね。仕方ありません。これは私が有難く頂くとしましょう」
ガバッ!
「今起きたわ。おはようレリアナ」
光の速さだった。瞬速だった。
一瞬にして起き上がったイリスは寝起きとは思えないキリッとした実にクールな表情でレリアナに挨拶をする。
さすがは鉄仮面令嬢。いついかなる時もクールな表情がとても似合う。
たとえ身に纏うのは寝巻きであっても。寝起きのために髪の毛があちこち跳ねていようとも。その美貌が損なわれることはないのである。
「はいはい、おはようございますイリス様。いつもそんな感じで素早く起きて頂ければ私としても楽になるんですけれどもね」
「それは無理な相談ね。私は朝起きるのが苦手だもの。美形男子がイケメンボイスで耳元で囁いてくれれば少しは起きられるかもしれないけれど」
「それは儚い夢ですね。鉄仮面令嬢であるイリス様はもう17歳であらせられますのに、未だ婚約の話が来ないのですから」
「まだ17歳よ。まだ焦る様な時間ではないわ。家は弟のイレースが継いでくれるのだし、第一私はまだイケメンを鑑賞していたいの。婚約者なんて邪魔な存在いらないわ」
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そう、今は婚約者の話などしている時間は無いのだ。
それよりももっと重要なことがある。
「さぁレリアナ、あなたがその右手で持っている例のブツを頂戴な。私がどれだけ楽しみにしていたと思っているの。勿体ぶらないで早くそれを渡しなさい」
「焦らなくても差し上げますから怖いので無表情で私に迫るのはやめてください! 目、目がマジになってます! 血走ってます! 怖いです! 落ち着いてくださいイリス様、差し上げますから!!」
無表情ながらも血走った目と荒い鼻息で迫られたレリアナは半ばドン引きしながら右手に持っていた例のものをイリスへと差し出す。
イリスは目を爛々と輝かせながら、それを手に取り、満足気に荒く鼻息を漏らす。
イリスが鼻息荒くレリアナから受けとったのは、一枚のチケットと小冊子だった。
これぞイリスが求めていた例のもの。
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チケットを眺めたまま問いかけてくるイリスに、レリアナはふふん、と得意そうに胸を張って答える。
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「さぁ、おちおち寝ていられないわ。ラチェット様をじっくり鑑賞できるまたとない機会よ、急いで準備をはじめましょう。レリアナ手伝って頂戴!」
「お任せ下さい!」
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