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episode 3
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「――わかった。その願い、叶えてあげる」
アメリアは見たこともないような妖艶な笑みを唇に浮かべて、そう口にする。
その様子を何故か目から離せないまま、クラウスは目を見開いて聞いていた。
「本当に……? 本当に君は母さんを助けられるの?」
まるで気安いとでも言うようにクラウスの願いを受け入れたアメリア。
医者にも匙を投げられた正体の分からない病気。にわかには信じ難い。
「だからそう言ってるじゃない。まぁ、信じられないかもしれないでしょうけど。多分、私なら助けてあげられるわ」
アメリアは再度事も無にそう告げた。
クラウスは信じ難い気持ちでアメリアを見上げる。
「とりあえず、貴方のお母様の容態を見てからね。案内してくれるかしら? ――いや、待って」
善は急げとばかりに服に着いた埃を払い、立ち上がったアメリアは、しかし不意に立ち止まった。
疑問に思うクラウスをよそに、彼女は虚空に手を伸ばすと何かを掴むような仕草をする。
「んー。なんか、行けそうな気がする……」
「何をして……」
「あっ、わかった! 『――来たれ、連理の翼。我とかのものを運べ』」
なにかの呪文。そう思われるものをアメリアが呟いた途端。
クラウスの周りの風景は禁足地帯である帝国の遺跡から、見慣れた場所へとその様相を変えていた。
「え……?」
呆然と辺りを見回す。
土壁ながらも掃除が施され、綺麗な砂利が続く小道。
そこから少し逸れると小さいながらも手入れのされた庭園があり、僅かな野菜や薬草が植えられている。
花が好きな母を喜ばせようと、密かに育てている植物たちは、今日も可憐な芽を覗かせて天に向かってすくすくと育っている。
砂利道を真っ直ぐに進めば、亡き父が大事に残してくれた小さいながらも母と子、二人で住むには十分な広さの家がある。
生まれてからずっと育った懐かしい我が家。
伝承をたよりに禁忌と言われた禁足地へ向かうために、もう戻ることはないかもしれないと名残惜しみながらも旅立ったクラウスの家が、出発した一週間前と変わらぬ姿でそこにあった。
「あ、できた。ほら、着いたでしょ?」
満面の笑みを浮かべてアメリアはクラウスを振り返った。
クラウスは未だに事態を飲み込めず、呆然と目を見開き、地面にへたりこんだまま、目の前の少女を見上げる。
「今のは何? 君は一体、何者なの?」
目の前の光景が信じられない。
なぜ禁足地から一瞬で自分の家にいるのか。そして、それを成し遂げたと思われる目の前の少女。
何もかもが飲み込めない。自分は今、何を見せられているのだろうか。
「ん、わかんない? 転移の魔術よ。移動が面倒臭いから魔術で貴方の家まで飛んだの」
アメリアの一言にクラウスは信じられない面持ちで叫んだ。
「転移の、魔術……だって!?」
『災禍』により一夜で滅んだ帝国。
そこで使われたいたという、魔力と精霊の力が合わさり行使される奇跡である魔術。
滅ぶ前の帝国で当然のように使われていたその技術は、帝国の滅亡と共に永遠に忘れ去られてしまったものだ。
それは『災禍』によって精霊が一夜にして滅亡してしまったことが主な原因とされている。
魔力があっても魔術の媒介となる精霊がいなければ魔術は使えない。
精霊がいなければ魔術は使えないというのが今の常識。つまり、魔術を使えるものなど今の時代に存在しない、筈なのだ。
「魔術がそんなに珍しい?」
アメリアはキョトンとした顔で答える。
「帝国が滅んで、魔術を使えるものは存在しないんだよ。俺だって魔術は今初めて目にした」
「魔術が使えない? なんで?」
ぱちくりと瞬きして首を傾げたアメリアに、クラウスは説明する。
「魔術を媒介してくれる精霊が帝国の滅亡と共にいなくなったんだ。だから魔力を持っていても、魔術が使えないというのが今の常識なんだよ」
「精霊? ああ、この子のことかしら。――おいで、スローヴィダ」
首を傾げたアメリアが得心がいったようにぽんと手を叩いて右手を虚空へと差し出す。
するとどこからともなくバサリ、と見事な漆黒の翼を持つ大きな鳥が現れ、アメリアの右手に止まる。
舞い降りた黒い鳥は透き通った宝石のような青い瞳を持ち、聡明な光を帯びて、その目はクラウスへと向けられた。
「この子はスローヴィダ。私の契約している精霊よ」
アメリアの声に反応するようにキュル、と鳴いた黒い鳥――精霊スローヴィダはアメリアの右手に止まったまま、頭をクラウスの方へと僅かに傾ける。
まるでお辞儀をしているような仕草。野生の鳥からは決して感じられない知性に、クラウスはただ目を丸くするばかりだ。
「これで理解できた? 私が魔術を使える理由。私は精霊と契約を交わし、自由に魔術を行使する『魔女』なのよ」
だから貴方のお母様の病気を治すことなど造作もないわ、とアメリアは続けて告げた。
アメリアは見たこともないような妖艶な笑みを唇に浮かべて、そう口にする。
その様子を何故か目から離せないまま、クラウスは目を見開いて聞いていた。
「本当に……? 本当に君は母さんを助けられるの?」
まるで気安いとでも言うようにクラウスの願いを受け入れたアメリア。
医者にも匙を投げられた正体の分からない病気。にわかには信じ難い。
「だからそう言ってるじゃない。まぁ、信じられないかもしれないでしょうけど。多分、私なら助けてあげられるわ」
アメリアは再度事も無にそう告げた。
クラウスは信じ難い気持ちでアメリアを見上げる。
「とりあえず、貴方のお母様の容態を見てからね。案内してくれるかしら? ――いや、待って」
善は急げとばかりに服に着いた埃を払い、立ち上がったアメリアは、しかし不意に立ち止まった。
疑問に思うクラウスをよそに、彼女は虚空に手を伸ばすと何かを掴むような仕草をする。
「んー。なんか、行けそうな気がする……」
「何をして……」
「あっ、わかった! 『――来たれ、連理の翼。我とかのものを運べ』」
なにかの呪文。そう思われるものをアメリアが呟いた途端。
クラウスの周りの風景は禁足地帯である帝国の遺跡から、見慣れた場所へとその様相を変えていた。
「え……?」
呆然と辺りを見回す。
土壁ながらも掃除が施され、綺麗な砂利が続く小道。
そこから少し逸れると小さいながらも手入れのされた庭園があり、僅かな野菜や薬草が植えられている。
花が好きな母を喜ばせようと、密かに育てている植物たちは、今日も可憐な芽を覗かせて天に向かってすくすくと育っている。
砂利道を真っ直ぐに進めば、亡き父が大事に残してくれた小さいながらも母と子、二人で住むには十分な広さの家がある。
生まれてからずっと育った懐かしい我が家。
伝承をたよりに禁忌と言われた禁足地へ向かうために、もう戻ることはないかもしれないと名残惜しみながらも旅立ったクラウスの家が、出発した一週間前と変わらぬ姿でそこにあった。
「あ、できた。ほら、着いたでしょ?」
満面の笑みを浮かべてアメリアはクラウスを振り返った。
クラウスは未だに事態を飲み込めず、呆然と目を見開き、地面にへたりこんだまま、目の前の少女を見上げる。
「今のは何? 君は一体、何者なの?」
目の前の光景が信じられない。
なぜ禁足地から一瞬で自分の家にいるのか。そして、それを成し遂げたと思われる目の前の少女。
何もかもが飲み込めない。自分は今、何を見せられているのだろうか。
「ん、わかんない? 転移の魔術よ。移動が面倒臭いから魔術で貴方の家まで飛んだの」
アメリアの一言にクラウスは信じられない面持ちで叫んだ。
「転移の、魔術……だって!?」
『災禍』により一夜で滅んだ帝国。
そこで使われたいたという、魔力と精霊の力が合わさり行使される奇跡である魔術。
滅ぶ前の帝国で当然のように使われていたその技術は、帝国の滅亡と共に永遠に忘れ去られてしまったものだ。
それは『災禍』によって精霊が一夜にして滅亡してしまったことが主な原因とされている。
魔力があっても魔術の媒介となる精霊がいなければ魔術は使えない。
精霊がいなければ魔術は使えないというのが今の常識。つまり、魔術を使えるものなど今の時代に存在しない、筈なのだ。
「魔術がそんなに珍しい?」
アメリアはキョトンとした顔で答える。
「帝国が滅んで、魔術を使えるものは存在しないんだよ。俺だって魔術は今初めて目にした」
「魔術が使えない? なんで?」
ぱちくりと瞬きして首を傾げたアメリアに、クラウスは説明する。
「魔術を媒介してくれる精霊が帝国の滅亡と共にいなくなったんだ。だから魔力を持っていても、魔術が使えないというのが今の常識なんだよ」
「精霊? ああ、この子のことかしら。――おいで、スローヴィダ」
首を傾げたアメリアが得心がいったようにぽんと手を叩いて右手を虚空へと差し出す。
するとどこからともなくバサリ、と見事な漆黒の翼を持つ大きな鳥が現れ、アメリアの右手に止まる。
舞い降りた黒い鳥は透き通った宝石のような青い瞳を持ち、聡明な光を帯びて、その目はクラウスへと向けられた。
「この子はスローヴィダ。私の契約している精霊よ」
アメリアの声に反応するようにキュル、と鳴いた黒い鳥――精霊スローヴィダはアメリアの右手に止まったまま、頭をクラウスの方へと僅かに傾ける。
まるでお辞儀をしているような仕草。野生の鳥からは決して感じられない知性に、クラウスはただ目を丸くするばかりだ。
「これで理解できた? 私が魔術を使える理由。私は精霊と契約を交わし、自由に魔術を行使する『魔女』なのよ」
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