悠久(とわ)の月のアメリア~第七皇女外伝~

蓮実 アラタ

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episode 1

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 ――願いあるもの、覚悟があるなら踏み入れ。
 全てを犠牲にしてでも叶えたい願いがあるならば。
 さすれば、力は与えられん――





 かつて栄華を極めたという太陽と呼ばれた帝国があった場所。『災禍さいか』と呼ばれる厄災が降りかかり、その帝国は一夜にして滅んでしまった。

 今は砂漠と残骸というべき遺跡の数々、そして少しのオアシスがあるだけの禁則の地とされるその場所で、一人の少年が道無き道を進んでいた。

 少年は一際背の高い建物の残骸と思わしき場所を歩いており、まだ育ちきっていない四肢をめいいっぱいのばして先を急ぐ。
 あちこちが壊れた建物はかつてここにあった帝国の残骸で、今は『遺跡』と呼ばれている。その場所を危うい足取りで半ばロッククライミングのように四肢を這いながら少年はひたすら突き進む。

 命綱もなく不安定な足場の中で、いつ落ちるか分からない緊張で顔は強ばり、額には汗が浮かんでいる。しかしそれでも少年は諦めることなく次の足場を確保すべく出っ張った石の壁に右足をかけようとした。

 その瞬間。
 強風に煽られ、バランスを崩した少年は石の壁に右足をかけ損ねた。足をかけようとしていた石の壁が崩れ落ち、結構な高さを進んでいたその身は投げ出され、落下を始める。

「うわああああああああぁぁぁ!?」

 ガラガラと建物が崩れ落ち始める。
 少年らしい高めの声で絶叫をあげ、真っ逆さまに落ちた彼はべしゃっ、という音と共に地面に落下した。
 幸いなことに下は柔らかな緑が生い茂る芝生で、少年は落下死を免れた。

「危なかった……」

 少年は起き上がると、どこにも怪我がないか確認してから、立ち上がった。そして辺りをチラチラと見渡し、登っていた建物の下に先程まではなかったはずの穴がポッカリ開いているのを見つけた。
 アーチ型に組まれた石は明らかに人工物で、下は階段になっており、地下へと続く道のようだった。

「あれ、こんなとこあったっけ……? まさかさっきの衝撃で出てきたのかな?」

 それなら結果オーライである。
 ラッキー、と古い帝国語で思わぬ幸運に喜びながら少年はアーチをくぐって階段を降り始めた。
 階段には燃料がないはずなのに一定間隔で灯がともり、中を明るく照らしている。

「これも失われた魔術ってやつなのかな……帝国ここの技術はどこまで進んでいたんだろう……」

 かつて帝国では魔術と呼ばれる不思議な力によって発展を遂げていたという。精霊と契約し、魔力を使うことで様々な奇跡を起こすという魔術。しかし今、魔術は使えない。
災禍さいか』によって殆どの精霊が死滅したからだ。魔力と、精霊との繋がりを媒介にして発動する魔術は、遠い古代の術として帝国の崩壊と共に失われてしまっていた。

 ともすればどこまでも続きそうな階段をひたすら降りて――その最奥の地に辿り着いた時、少年は声を上げた。

「うわ……なんだこれ」

 待ち受けていたのはとても地下とは思えない光景だった。
 陽の光が届かないはずの地底には光が溢れていた。青い空、気持ちよく流れる白い雲。そしてその雲の間から覗くのは、太陽。

 地下は巨大な空間になっており、どこかの王城の庭園のような様相をしていた。様々な植物が芽吹き、綺麗に区画整理された生垣。水場もあるらしく、時々水が上がっている所を見ると噴水もあるらしい。

「こんなものがなんで地下にあるんだ……?」

 この地下は少なくとも五百年は誰も立ち入って居ないはずである。帝国が滅んだのは今からおよそ五百年前。それなのにこの地下は未だに緑が芽吹き、庭園として機能しているように見えた。

 少年は唖然としながら生垣の中を進む、不思議なことに少年には進む道が分かった。少年が歩を進めると、それに合わせたように生垣が動き、道を作ってくれるのだ。

 この植物達はどうやら自我を持っているらしい。そんな植物は聞いたことがなかった。これも魔術がなせる技なのか。
 植物に導かれるようにして歩き続けた少年は、やがて足を止める。
 その場所は行き止まりだったのだ。咲き誇る赤い薔薇の棘が何者の侵入も拒むように入口を塞いでいる。

「……」

 少年はふと、右手を上げて薔薇のひと房に手を触れた。するとそれに呼応するようにして赤薔薇の茨が解かれ始めた。
 シュルシュル……と音を立てて全ての茨が解かれ、行き止まりだった場所が新たな姿を見せる。

 地下の中心と思えるその場所は白一色の神殿だった。
 見事に彫刻された柱だけが立ち並び、建物らしい建物は見当たらない。しかし少年にはここが神殿だと理解できた。

 少年は声もなく神殿の中を再び歩き始め、すぐに足を止めた。

 柱だけが並ぶその先にはこちらも同じく白一色の祭壇があった。
 その祭壇の上に人のような物体が見えたのだ。しかも薔薇に雁字搦めにされている。まるで封印されているかのようだ。

「なにあれ……」

 注意深く祭壇のすぐ側まで寄って、少年は目を見開いた。
 茨が巻かれた先で白い薔薇が咲き誇る、その横で。真っ白な髪をした少女が眠っていた。
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