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23 対峙
しおりを挟む今宵も華やかな王城フォンブレンでは、夜会が催されている。
豪奢なシャンデリアが照らす光の元、令嬢や婦人の色とりどりのドレスが鮮やかに映え、今宵のために招かれた楽団が音楽を奏で、貴族たちはダンスに興じる。
伯爵領にいた頃は、どうしても参加しなければならない夜会があった時、わざと地味なドレスを着て誰の目にも止まらないよう壁の花を決め込んでいたものだけれど。
そんな私が、今日は主役。
夜会の華とならなければならない。
王女専属侍女であるリンフィに手伝ってもらい、支度は整えた。フィーフィア様にもこれ以上ないとお墨付きをもらった。
二週間という日程の中、フィーフィア様御用達のお店でドレスを仕立ててもらい、それに合わせてアクセサリーや靴も決めた。
化粧は練習も兼ねて自分で行い、最後の仕上げはリンフィにしてもらった。
最後に鏡で確認した限りでは、自分でも驚くほど綺麗になった私がその中にあった。中身はどうあれ、外見上は立派な貴族令嬢に見えているはずだ。
大丈夫、大丈夫。
緊張による不安定な精神を沈めようと震える手を抑えて心の中で案じていると、横から影が落ちて手を握られた。
「緊張してる? でも大丈夫。私もついているし、何より――本当に綺麗だよ、シュレナ」
そう言って甘い笑みを浮かべたヴィラン様を見て、私は頬が赤くなるのを自覚すると同時に、心が穏やかになっていくのを感じた。
不思議。好きな人に綺麗と言ってもらえるだけでここまで自信が持てる。
王城の下っ端メイドをしていた私がまさかこんなことになるなんて。
あの時の私は考えもしなかっただろう。
王太子殿下とヴィラン様の密会を覗いて壺を割り、契約を経てヴィラン様の婚約者となった。
そして、今。誰よりも大切で、好きな人が隣に居てくれる。至らない私を支えてくれた人達のためにも、私は今日、この場で示さなければならない。
私は誰よりもヴィラン様の婚約者として相応しいのだと。
「さぁ、行こう」
ヴィラン様が差し出した手に、自分のそれを重ねる。
もう弱いだけの、何もできない自分は嫌だ。
だから今から変わるのだ。
私はここから、変わらなければ。
「ヴィラン・ド・オーランジェ様、並びにシュレナ・オルグニット様。ご入場!」
使者の入場を告げる声が響き、ヴィラン様と手を取り合い、広間へと足を踏み入れる。
待ちかねた主役の登場に広間の至る所から視線が集まるのを感じる。
ヴィラン様に憧れを抱く令嬢の黄色い悲鳴と、傍にいる婚約者を見極めようとする貴族たちの好奇と打算の混じった視線。
それらを一身に受けながら、フィーフィア様の言葉を思い出す。
『広間に入れば、貴女は注目されることになります。所作のひとつ、言葉のひとつに至るまで、常に見定められていると感じるでしょう。それは正しいですわ。この夜会は貴女が貴族たちに試される場となるでしょう』
だから、と言葉を続け、フィーフィア様は告げた。
――笑いなさい。姿勢を正して、堂々と振る舞いなさい。悠然と、あくまで上品に。それが私の武器となるから。
姿勢は真っ直ぐに。
ヴィラン様に取られた手はそのままに、足先に至るまで神経を張り巡らせて、堂々と歩を進める。
そして、泰然とかまえて微笑する。
二週間特訓した甲斐があった。本番でも慌てず、練習通りの所作をすることが出来て、笑顔を貼り付けた裏で私はほっと息をついた。
♢♢
概ね、夜会は順調に進んでいた。
王太子殿下が将軍に就任したヴィラン様に祝いの言葉を述べ、それをヴィラン様が受け取る。
次いで婚約者の紹介がされ、私は優雅に一礼し、ヴィラン様と共に招かれた貴族たちに挨拶をしてまわる。
夜会での挨拶周りは基本爵位の高い方から低い方へと行われるのがしきたりだ。
王家主催であることと、王国きっての名家であるオーランジェ公爵家が関わっているとなれば自然と人は多くなるわけで。
「これはこれは、聞きしに勝る麗しい婚約者殿だ」
「まぁ、嬉しい。ありがとうこざいます、フィーレン侯爵様。わたくしも侯爵様のお噂はかねがね伺っておりますわ」
「ほう、ちなみにどのようなことかね?」
意味ありげに視線をよこしてきた侯爵に、来た、と私は内心で拳を握る。
「優秀なご子息がいらっしゃるとか。あのテレア王立学園にご入学されるとお聞きしました」
「いやぁ、そうなんだよ。私の一人息子なんだが私に似ず賢い子なんだ」
「きっと、とても聡明でいらっしゃるのですね。テレア王立学園には私の弟も入学する予定ですので、是非弟とも仲良くして頂ければ、と思いますわ」
「おお、そうなのかい? 君の弟もさぞかし優秀なのだろうな。それは楽しみだ」
「ええ、よろしくお願い致します。それではまたの機会に」
「ああ、よろしく頼むよ」
互いに、にこやかに一礼して通り過ぎる。
フィーレン侯爵のご子息は聡明で、物静かな性格だと聞いた。学園では弟の良き友達となってくれるかもしれない。
二週間で頭に叩き込んだ貴族名鑑を思い出しながら、笑顔を絶やさない。隣を歩くヴィラン様も和やかに談笑している。今の所、順調そのものだ。
「疲れてないかい?」
ふと、ヴィラン様が問いかけてきた。心配そうにこちらを覗き込む紫の瞳の甘さに、心臓がドクンと脈打つ。
「大丈夫です。お話するのは楽しいですから」
話をすることはもともと苦ではない。それにお茶会の時とは違い、誰よりも心強い味方が傍に居てくれる。
気遣いが嬉しくて思わず顔を綻ばせると、ヴィラン様がとびきり幸せそうに微笑んだ。
「今さっきの優雅な笑みも素敵だけれど、シュレナはやっぱり素の飾らない笑顔が一番素敵だな。今の笑顔が一番可愛い」
「…………!!」
不意打ちはやめて欲しい。
ヴィラン様の本心からのものだと分かる賛辞に、私は思わず顔を俯かせる。
頬が熱を持っている。まだ挨拶周りは続いているのだ。こんな無防備な顔を晒す訳にはいかないというのに。
「ヴィラン様……唐突にそんなこと言わないでください。恥ずかしいです」
「ごめんね。でもシュレナが本当に可愛くて」
「ヴィラン様……」
だから、これ以上はやめて。
羞恥と照れで俯いたまま顔を上げる気配がない私に、異変に気づいたヴィラン様が私の手を引いて歩き出す。そのまま夜風が通るテラスへと連れ出してくれた。
「大丈夫?」
「しばらく風に当たっていれば大丈夫です……」
「じゃあ何か飲み物を取ってくるよ」
そう言うとヴィラン様は広間の方へと戻っていく。
まだ熱が冷める気配はない。
手をパタパタと振って頬へ風を送っていると、後ろから声をかけられた。
「――ちょっといいかしら」
「はい、なんでしょう?」
反射的にそう返事をして、誰だろうと思って振り返り、驚愕する。
艶やかなドレスに身を包んだ令嬢達が私を囲むように立っていた。声をかけてきた令嬢以外は扇子を開いて口元を覆い隠している。
私はその中心に立つ令嬢に目を向けた。
「イライザ様……」
イライザ・バナード侯爵令嬢。
二週間前のお茶会で私に足を引っ掛け、嘲りの笑みを浮かべていたその人が、目の前に立っていた。
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