19 / 37
19 シュレナの想い
しおりを挟む
二週間後に開かれる王城の夜会。
しかもそれがヴィラン様の将軍就任記念と、私との婚約発表を兼ねてのものだという。
まさに寝耳に水、初めて聞かされたフィーフィア様の言葉の衝撃から私はまだ立ち直れないでいた。
「フィーフィア様! 私は何も聞いていないのですけれど、王城の夜会とは一体どういうことですか!?」
お茶会を終えて馬車に乗り、フォンブレン王城のフィーフィア様の部屋に戻ってきた私は、早速フィーフィア様を問い詰める。
私の問に主人である彼女はもう一人の侍女、リンフィさんにプラチナブロンドの髪を櫛でといてもらいながら、キョトンとした表情を浮かべた。
「あら、お兄様から聞かされていないの? ……そうねぇ、ヴィラン様は今回の東部戦線の功績で、国王より将軍の地位を与えられましたの。それはご存知ですわよね?」
それは勿論。こくりと頷くとフィーフィア様は「よろしい」と呟き、話を続ける。
「その将軍の地位なのだけれど、これはあくまで役職だけのもの。いわゆる名誉職というものですわね。さすがに王太子直属の近衛筆頭騎士を引き抜くことはできませんから、あくまで形だけの役職、というわけなのですけれど」
小さな灯りにプラチナブロンドがキラキラと揺れる。櫛を置いたリンフィさんに今度は髪に香油を練り込まれながらフィーフィア様は私に視線を向けた。
「あくまで形だけとはいえ、美貌の歳若い筆頭騎士。これだけでも有望株であるのに、今度は将軍。さらにヴィラン様は今婚約者がおらず、結婚なされていない。こんなに条件の揃った人を貴族達は放ってはおきませんよね?」
どこか諭すように私を見つめるフィーフィア様。仮にも私も貴族令嬢だ。ここまで説明されれば、私も何となく先の展開が読めてきた。
「ああ、そういうことですか……」
つまり自分の娘を是非ヴィラン様の婚約者に、と縁談の声が後を絶たなくなった。
しかしヴィラン様は王太子殿下専属の近衛騎士。おまけに筆頭騎士ともなれば、殿下の許しなく縁談を組むことはできない。
そのためにまずは王太子殿下の機嫌を取ろうとする貴族が増えた、ということか。
ただでさえヴィラン様の呪いの解呪を秘密裏に進めている上に、東部戦線の事後処理等、王太子殿下は多忙を極めている。
そんな中、ヴィラン様との縁談の仲介を求めて下心全開で近づく貴族連中に、ついに王太子殿下の怒りが頂点に達したのだろう。
ちょうど時期を同じくしてヴィラン様には形だけとはいえ、私という新しい婚約者ができた。これを王太子殿下が利用しない手はない。
「将軍就任記念という建前のもと、ヴィラン様と私の婚約を宣伝するのが目的ですか」
知らしめることで縁談を求める貴族たちの釘を刺すこともできるし、これ以上仕事を邪魔されることもなくなる。
実に王太子殿下らしい、合理的な判断である。その考えは理解できるし、一理あるともいえる。
しかし、私はどうしても納得できない。
「あくまで私は呪いが解けるまでの仮の婚約者だった筈です。こんな大々的に発表してしまっては、解呪した後婚約解消したとして、かえってヴィラン様にご迷惑をおかけすることになるのではないですか?」
あくまでこれは仮の関係。
呪いが完全に解ければ私とヴィラン様を繋ぐものは何もなくなる。
何より私はたまたま聖女としての力を持ち、王太子殿下の話を聞いてしまい、ヴィラン様にかけられた呪いを解けるだけの条件が揃っていただけ。
ヴィラン様だってきっと王太子殿下の命令であったから婚約者の話を受け入れただけで、彼本人の気持ちはそこに介在しない筈だ。
ヴィラン様はお優しいから……。
ズキリと胸の奥に走る痛みを堪え、私は自分の中に秘めた思いと思考を矛盾させ、フィーフィア様に問う。
彼の傍にいたい。彼の隣で支えたい。
けれどそれはあくまで仮の関係で、私は弁えなければならない。
偶然の奇跡が折り重なった状況で、たまたま私は彼の婚約者となっただけなのだから。
「――私が婚約者では、ヴィラン様に相応しくないですから」
ポタリ、と。
頬を零れ落ちたものがなんであるか、考えたくない。
私は彼に相応しくない。
お茶会での出来事だってそうだ。私は結局失敗した。フィーフィア様やヴィラン様に迷惑をかけ、愛する家族さえも貶めることになった。
オーレリア様より名を与えられた家と言えど、元々私は落ちぶれかけの伯爵家令嬢だ。そんな私にシュレーン王国きっての名家、オーランジェ公爵子息の婚約者など――。
「では何故、貴女は泣いているのかしら」
いつの間にか目の前にいたフィーフィア様が、私を見つめて微笑む。
レースのハンカチを私の頬に当てて、優しく頭を撫でてくれる。
「何故自分を卑下するような言葉を言うのかしら。だって貴女は、ヴィラン様のことを好きなのでしょう?」
フィーフィア様の言葉に、咄嗟に返事をすることができない。
そうだ。私は、ヴィラン様のことが好き。
優しく紫の目を細めて、私を見る彼が好きだ。
その辛い過去から大事なものを守るために自分を犠牲にしようとする彼の危うさを知った。
自分を大事にしない彼を、せめて私だけでも大事にしようと思った。
彼を、心から愛おしいと思った。
だからこそ、彼のことをもっと知りたいと願った。
彼を知って、想って、ずっとその隣で居られたらと。
仮ではなく、本当の婚約者として、彼の傍に在りたいと。
必死に考えないようにしていたことを、言葉で指摘されて。私は今度こそ、涙を抑えることができなかった。
しかもそれがヴィラン様の将軍就任記念と、私との婚約発表を兼ねてのものだという。
まさに寝耳に水、初めて聞かされたフィーフィア様の言葉の衝撃から私はまだ立ち直れないでいた。
「フィーフィア様! 私は何も聞いていないのですけれど、王城の夜会とは一体どういうことですか!?」
お茶会を終えて馬車に乗り、フォンブレン王城のフィーフィア様の部屋に戻ってきた私は、早速フィーフィア様を問い詰める。
私の問に主人である彼女はもう一人の侍女、リンフィさんにプラチナブロンドの髪を櫛でといてもらいながら、キョトンとした表情を浮かべた。
「あら、お兄様から聞かされていないの? ……そうねぇ、ヴィラン様は今回の東部戦線の功績で、国王より将軍の地位を与えられましたの。それはご存知ですわよね?」
それは勿論。こくりと頷くとフィーフィア様は「よろしい」と呟き、話を続ける。
「その将軍の地位なのだけれど、これはあくまで役職だけのもの。いわゆる名誉職というものですわね。さすがに王太子直属の近衛筆頭騎士を引き抜くことはできませんから、あくまで形だけの役職、というわけなのですけれど」
小さな灯りにプラチナブロンドがキラキラと揺れる。櫛を置いたリンフィさんに今度は髪に香油を練り込まれながらフィーフィア様は私に視線を向けた。
「あくまで形だけとはいえ、美貌の歳若い筆頭騎士。これだけでも有望株であるのに、今度は将軍。さらにヴィラン様は今婚約者がおらず、結婚なされていない。こんなに条件の揃った人を貴族達は放ってはおきませんよね?」
どこか諭すように私を見つめるフィーフィア様。仮にも私も貴族令嬢だ。ここまで説明されれば、私も何となく先の展開が読めてきた。
「ああ、そういうことですか……」
つまり自分の娘を是非ヴィラン様の婚約者に、と縁談の声が後を絶たなくなった。
しかしヴィラン様は王太子殿下専属の近衛騎士。おまけに筆頭騎士ともなれば、殿下の許しなく縁談を組むことはできない。
そのためにまずは王太子殿下の機嫌を取ろうとする貴族が増えた、ということか。
ただでさえヴィラン様の呪いの解呪を秘密裏に進めている上に、東部戦線の事後処理等、王太子殿下は多忙を極めている。
そんな中、ヴィラン様との縁談の仲介を求めて下心全開で近づく貴族連中に、ついに王太子殿下の怒りが頂点に達したのだろう。
ちょうど時期を同じくしてヴィラン様には形だけとはいえ、私という新しい婚約者ができた。これを王太子殿下が利用しない手はない。
「将軍就任記念という建前のもと、ヴィラン様と私の婚約を宣伝するのが目的ですか」
知らしめることで縁談を求める貴族たちの釘を刺すこともできるし、これ以上仕事を邪魔されることもなくなる。
実に王太子殿下らしい、合理的な判断である。その考えは理解できるし、一理あるともいえる。
しかし、私はどうしても納得できない。
「あくまで私は呪いが解けるまでの仮の婚約者だった筈です。こんな大々的に発表してしまっては、解呪した後婚約解消したとして、かえってヴィラン様にご迷惑をおかけすることになるのではないですか?」
あくまでこれは仮の関係。
呪いが完全に解ければ私とヴィラン様を繋ぐものは何もなくなる。
何より私はたまたま聖女としての力を持ち、王太子殿下の話を聞いてしまい、ヴィラン様にかけられた呪いを解けるだけの条件が揃っていただけ。
ヴィラン様だってきっと王太子殿下の命令であったから婚約者の話を受け入れただけで、彼本人の気持ちはそこに介在しない筈だ。
ヴィラン様はお優しいから……。
ズキリと胸の奥に走る痛みを堪え、私は自分の中に秘めた思いと思考を矛盾させ、フィーフィア様に問う。
彼の傍にいたい。彼の隣で支えたい。
けれどそれはあくまで仮の関係で、私は弁えなければならない。
偶然の奇跡が折り重なった状況で、たまたま私は彼の婚約者となっただけなのだから。
「――私が婚約者では、ヴィラン様に相応しくないですから」
ポタリ、と。
頬を零れ落ちたものがなんであるか、考えたくない。
私は彼に相応しくない。
お茶会での出来事だってそうだ。私は結局失敗した。フィーフィア様やヴィラン様に迷惑をかけ、愛する家族さえも貶めることになった。
オーレリア様より名を与えられた家と言えど、元々私は落ちぶれかけの伯爵家令嬢だ。そんな私にシュレーン王国きっての名家、オーランジェ公爵子息の婚約者など――。
「では何故、貴女は泣いているのかしら」
いつの間にか目の前にいたフィーフィア様が、私を見つめて微笑む。
レースのハンカチを私の頬に当てて、優しく頭を撫でてくれる。
「何故自分を卑下するような言葉を言うのかしら。だって貴女は、ヴィラン様のことを好きなのでしょう?」
フィーフィア様の言葉に、咄嗟に返事をすることができない。
そうだ。私は、ヴィラン様のことが好き。
優しく紫の目を細めて、私を見る彼が好きだ。
その辛い過去から大事なものを守るために自分を犠牲にしようとする彼の危うさを知った。
自分を大事にしない彼を、せめて私だけでも大事にしようと思った。
彼を、心から愛おしいと思った。
だからこそ、彼のことをもっと知りたいと願った。
彼を知って、想って、ずっとその隣で居られたらと。
仮ではなく、本当の婚約者として、彼の傍に在りたいと。
必死に考えないようにしていたことを、言葉で指摘されて。私は今度こそ、涙を抑えることができなかった。
556
お気に入りに追加
1,822
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる