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03 フローランズ王国
貴方を愛してはいけないと知った私は 1
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「リステラちゃん、ここに置いとくよ!」
「はい! ありがとうございます」
「いいってことよ。この間治療してくれたお礼さね」
「助かります」
にこやかに手を振って去っていく村の人を見つめ、リステラは細く息を吐いた。
「もうここに来てだいぶ経つのね……」
じっとりとかいていた汗を拭い、私は透明な天蓋を通して見える空に目を向ける。
馬を借りて王城から立ち去ったあの日から一ヶ月が過ぎようとしていた。あれから色々あったけれど、私は何とかまだ生きている。
私は今、幼少時から神殿で学んだ治療方法を活かし、薬師として、王都から西の外れにある辺境の田舎で暮らしている。
王都から遠く離れたこの地は天蓋が覆う際の部分に作られた集落がそのまま村となったところだった。一応魔素を遮る天蓋に覆われてはいるけれど、絶えず魔物が押し寄せ、ただでさえ痩せた土地は更に痩せ細り、まともに作物が育たない。
その中で寄り集まるようにして村人は皆で支え合い、慎ましく暮らしているような場所だった。
誰よりも愛する人の無事を願って、ひたすら馬を走らせた私はその道中で力尽き、ここの村人に行き倒れていた所を発見された。
僅かな食料を分けてもらい、何とか生き延びた私はその恩を返すためにここで薬師をしながら残り少ない生命を生き繋いでいる。
王城の医師からもって数ヶ月と宣告されている私はあとどれほど生きられるのだろうか。
今のところ、身体に異常などは見当たらない。過去の記録でも柱神の巫女となったものの顛末は記録が少なく、どんな終わりを迎えるのかを知ることはできなかった。
ただ身体が衰弱し、動きが鈍くなるということは王城の医師から聞いている。
どれだけ生きられるのか分からない。ただ自分にできることをしながら、無理をせずにひっそり生きよう。
今の私はそれだけを胸に日々を生きている。
どうかするとアスランのことを考えてしまいそうになる。新たな伴侶を得た彼が、私では無い誰かと将来を歩むと考えるとまだ心は痛むけれど、この痛みは一生消えることは無いのだろう。
「……今日はこのくらいにしましょうか」
考え事をしているとアスランのことばかりが浮かんで憂鬱になってしまう。
早々に診療所として使っている小屋の戸を閉め、気分転換に散歩に出ることにした。
散歩がてら村の周りを歩いていると、この一ヶ月で顔馴染みになった青年が深刻そうな顔で下を覗いているのが見えた。
只事ならぬ雰囲気に違和感を覚えた私は気になって近づいていく。
「あら、ステファンじゃない。どうかしたの?」
ステファンと呼ばれた青年は私に気づくと、小さく「ああ、リステラか」と呟き、こちらに向かって手招きした。気になっていた私はステファンの側まで近寄ってみた。
「どうしたの?」
「これを見てくれ」
指さされた地面に釣られて下を覗き込む。
すると、そこには何匹かの獣の足跡があった。痩せた土地では得られる食物も微々たるものである。
そのため畑に植えられた作物を取りに獣が山から降りてくる。
今回もその類がと思い、ステファンに問いかける。
「また作物に被害が出たの?」
「いや、これはいつものヤツと違う。何もせず、ただ様子を伺うようにして立ち去った感じだな」
「それは変ね……」
普通の獣ならば飢えを満たすためにそこらじゅうの畑を荒らして作物を奪っていく。
しかしステファンによると、この足跡の主は村の周辺をうろついただけで立ち去っているというのだ。
まるでなにかの様子見をしていたかのよう。ただ偵察に来たかのような動きは確かに不気味だった。
「それなりの知能があるということかしら。確かにおかしいわね」
「そうなると厄介だな。知能がある分こちらの動きを悟られる可能性がある。罠にかけるのも難しいかもしれないな」
一応村の連中に報告しておこう、とステファンは言い残し、村の方へと駆けていく。
それを見送って、私は何気なく獣の足跡へと目を向けた。
「確かに周辺を回っているような足跡ね」
少し気になった私は注意して確認したところ、獣の足跡が村の周辺を一回りしてから森の方向へ去っていることが分かった。
それを改めて確認して、私はあることに気づく。
「天蓋の範囲を確認してる……?」
この村は辺境の地。
天蓋が覆う結界の最も端に位置する場所。僻地とも言えるこの場所は、天蓋の恩恵から一番遠い場所とも言い換えられる。
魔素と神気に覆われた結界の境界線。天蓋と一体化し、神気を補い支えた柱神の巫女であった私は天蓋がどこまでの範囲を支えているかを知っている。
その境界線とも言う場所を、確認するかのような足跡。自分がその境界を超えて踏みいれば死ぬと分かっているかのような。
神気と相対する魔素。そこから生まれる魔物は、神気を受ければたちまち滅んでしまう。
もしあの足跡は食料に飢えた獣などではなく、魔素から派生した魔物だとしたら。
「……まさかね」
嫌な予感を、首を振ることで振り切った。
ここはギリギリとはいえ、天蓋に覆われた場所だ。天蓋が消えでもしない限り、魔物が入ってくることはない。何よりも不安定になっていた神気は、私が十年間柱神となることで安定させたのだ。暫くは大丈夫のはずである。
気にしないでおこう。
そう思った私は直ぐにその場を立ち去った。
「はい! ありがとうございます」
「いいってことよ。この間治療してくれたお礼さね」
「助かります」
にこやかに手を振って去っていく村の人を見つめ、リステラは細く息を吐いた。
「もうここに来てだいぶ経つのね……」
じっとりとかいていた汗を拭い、私は透明な天蓋を通して見える空に目を向ける。
馬を借りて王城から立ち去ったあの日から一ヶ月が過ぎようとしていた。あれから色々あったけれど、私は何とかまだ生きている。
私は今、幼少時から神殿で学んだ治療方法を活かし、薬師として、王都から西の外れにある辺境の田舎で暮らしている。
王都から遠く離れたこの地は天蓋が覆う際の部分に作られた集落がそのまま村となったところだった。一応魔素を遮る天蓋に覆われてはいるけれど、絶えず魔物が押し寄せ、ただでさえ痩せた土地は更に痩せ細り、まともに作物が育たない。
その中で寄り集まるようにして村人は皆で支え合い、慎ましく暮らしているような場所だった。
誰よりも愛する人の無事を願って、ひたすら馬を走らせた私はその道中で力尽き、ここの村人に行き倒れていた所を発見された。
僅かな食料を分けてもらい、何とか生き延びた私はその恩を返すためにここで薬師をしながら残り少ない生命を生き繋いでいる。
王城の医師からもって数ヶ月と宣告されている私はあとどれほど生きられるのだろうか。
今のところ、身体に異常などは見当たらない。過去の記録でも柱神の巫女となったものの顛末は記録が少なく、どんな終わりを迎えるのかを知ることはできなかった。
ただ身体が衰弱し、動きが鈍くなるということは王城の医師から聞いている。
どれだけ生きられるのか分からない。ただ自分にできることをしながら、無理をせずにひっそり生きよう。
今の私はそれだけを胸に日々を生きている。
どうかするとアスランのことを考えてしまいそうになる。新たな伴侶を得た彼が、私では無い誰かと将来を歩むと考えるとまだ心は痛むけれど、この痛みは一生消えることは無いのだろう。
「……今日はこのくらいにしましょうか」
考え事をしているとアスランのことばかりが浮かんで憂鬱になってしまう。
早々に診療所として使っている小屋の戸を閉め、気分転換に散歩に出ることにした。
散歩がてら村の周りを歩いていると、この一ヶ月で顔馴染みになった青年が深刻そうな顔で下を覗いているのが見えた。
只事ならぬ雰囲気に違和感を覚えた私は気になって近づいていく。
「あら、ステファンじゃない。どうかしたの?」
ステファンと呼ばれた青年は私に気づくと、小さく「ああ、リステラか」と呟き、こちらに向かって手招きした。気になっていた私はステファンの側まで近寄ってみた。
「どうしたの?」
「これを見てくれ」
指さされた地面に釣られて下を覗き込む。
すると、そこには何匹かの獣の足跡があった。痩せた土地では得られる食物も微々たるものである。
そのため畑に植えられた作物を取りに獣が山から降りてくる。
今回もその類がと思い、ステファンに問いかける。
「また作物に被害が出たの?」
「いや、これはいつものヤツと違う。何もせず、ただ様子を伺うようにして立ち去った感じだな」
「それは変ね……」
普通の獣ならば飢えを満たすためにそこらじゅうの畑を荒らして作物を奪っていく。
しかしステファンによると、この足跡の主は村の周辺をうろついただけで立ち去っているというのだ。
まるでなにかの様子見をしていたかのよう。ただ偵察に来たかのような動きは確かに不気味だった。
「それなりの知能があるということかしら。確かにおかしいわね」
「そうなると厄介だな。知能がある分こちらの動きを悟られる可能性がある。罠にかけるのも難しいかもしれないな」
一応村の連中に報告しておこう、とステファンは言い残し、村の方へと駆けていく。
それを見送って、私は何気なく獣の足跡へと目を向けた。
「確かに周辺を回っているような足跡ね」
少し気になった私は注意して確認したところ、獣の足跡が村の周辺を一回りしてから森の方向へ去っていることが分かった。
それを改めて確認して、私はあることに気づく。
「天蓋の範囲を確認してる……?」
この村は辺境の地。
天蓋が覆う結界の最も端に位置する場所。僻地とも言えるこの場所は、天蓋の恩恵から一番遠い場所とも言い換えられる。
魔素と神気に覆われた結界の境界線。天蓋と一体化し、神気を補い支えた柱神の巫女であった私は天蓋がどこまでの範囲を支えているかを知っている。
その境界線とも言う場所を、確認するかのような足跡。自分がその境界を超えて踏みいれば死ぬと分かっているかのような。
神気と相対する魔素。そこから生まれる魔物は、神気を受ければたちまち滅んでしまう。
もしあの足跡は食料に飢えた獣などではなく、魔素から派生した魔物だとしたら。
「……まさかね」
嫌な予感を、首を振ることで振り切った。
ここはギリギリとはいえ、天蓋に覆われた場所だ。天蓋が消えでもしない限り、魔物が入ってくることはない。何よりも不安定になっていた神気は、私が十年間柱神となることで安定させたのだ。暫くは大丈夫のはずである。
気にしないでおこう。
そう思った私は直ぐにその場を立ち去った。
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