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01 リステラ
私は貴方を愛さない 4
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「はぁ……」
一夜明けて朝日が登り始める頃、なかなか眠り着くことが出来ずベッドで何度も寝返りをうっていた私は、眠るのを諦めて起きることにした。
用意された薄い紫の所々にあしらわれたレースが可愛らしいドレスに着替えながら、今日何度目か知れない溜息をつく。
──アスランが見せたあの表情が、どうしても忘れられない。
どうしても最後に彼が見たいと、振り返ったあの一瞬。互いの視線が交錯してしまった。あんな表情をする彼を初めて見た。
あんな表情を、私がさせてしまった。
分かっていたはずなのに。こうなることは十年前から知っていたはずなのに。
決めたのは私。そうしたのは私。彼にあんな表情をさせたのは、私。
分かっている。ああするしか無かった。それが私のためであり、彼のためでもあった。あれが一番最善の手だったのだ。
そう自分に言い聞かせることで、必死に罪悪感から逃れようとする。十年で固めたはずの意思は、あの表情を見てしまったことで崩れそうになっていた。
今すぐにでも彼の元へ赴いて、その腕にもう一度抱きしめられたい。許しを請いたい。
そんなことを考えそうになる自分に嫌悪感を覚え、震える拳を握りしめる。
崩れそうになる心を必死で押しとどめながら、ふと室内を見渡す。
用意された部屋は貴族用のものらしく、あちこちに高価な調度品が飾られている。
しかし部屋の雰囲気に沿うようにアクセントとして置かれたもので、決して悪目立ちしてはいない。白い清潔な室内には予め用意がなされていたのかニンフィアの花の香がたかれていた。
ニンフィアの花は幼い頃過ごした神殿でよく見かけた花で、花弁は陽に当たると淡く青に光る。蜜は甘く、その甘い香りで虫をおびき寄せる。
私はこのニンフィアの花と、シラル草の香りが大好きだった。
その事を知っているのは彼だけ。
だから恐らく、このニンフィアの香を用意させたのはアスランだ。
よくよく見ればこの部屋の調度品も雰囲気も、私好みのものになっている。おそらく、この部屋も彼が手配させたものなのだろう。
彼は私のことを思い、目覚めた私が不自由なく過ごせるようにと考えてくれていたのだろう。
その気遣いが、心配りが、今の私には何よりも辛かった。
それが本当の「愛」であれば、どれだけ良かっただろうか。
アスランの想いが本物であれば、私も素直に喜ぶことができたのに。
彼は、本当に優しすぎる。優しすぎた。
「アスラン……」
──ぽた。
呟いた彼の名前に重なるように、頬を伝った涙が一雫、握った拳の上に流れ落ちた。
いけない。私が泣いてはいけない。彼を傷つけたのは私だ。私に泣く権利などない。
そう思うのに、一度流れてしまった涙は止めようがなかった。
そうする間にも日が昇り、本格的な朝が訪れようとしている。
窓からさす朝日の光を浴びながら、私は声を押し殺して涙を流し続けた。
*
日が完全に登り、人々が活動を始める頃。
その頃には涙もなんとか収まり、少し腫れた目元を気にしながら、私は一息ついた。
傍には用意された世話係の侍女が、食事の用意をしてくれている。
神殿にいた頃は身の回りの事は自分でやっていたので自分でできると言ってみたのだが、「私の仕事が無くなりますから、どうかそのままでお待ちください」と諌められてしまった。
そう言われては彼女の仕事を取るのもなんだかいたたまれない。
私は大人しく席に座り、用意が終わるのを待っていた。
待っている間は何となく手持ち無沙汰で視線をあちこちに彷徨わせ、目だけを動かしせわしなく周囲を見渡す。
そして何気なく廊下側の窓に視線をずらした時目に飛び込んできた光景に驚き心臓が止まりそうになった。
「!!」
何故。何故、あの方がここにいらっしゃるの……。
まさか真っ直ぐここを目指してきている……?
まさか、そんな。
そんなはずは無いと思うも、その人物は間違いなくこちらの部屋の方へと歩いてきていた。
しかも誰も伴わず、一人で。
夢であって欲しいと、瞬きを繰り返すけれど、確実にその人物はこの部屋を目指して歩いている。
いよいよ動揺を隠せなくなった私は微かに震えながら、自分の顔が蒼白になっていくのが分かった。
そして、ついに──。
──コンコン。
私がいる部屋の扉がノックされた。
そして。
「リステラ。今入ってもいいか? 少し話がしたい」
扉を挟んでいるので少しくぐもってはいたが、その声は間違いなく彼──アスランのものだった。
一夜明けて朝日が登り始める頃、なかなか眠り着くことが出来ずベッドで何度も寝返りをうっていた私は、眠るのを諦めて起きることにした。
用意された薄い紫の所々にあしらわれたレースが可愛らしいドレスに着替えながら、今日何度目か知れない溜息をつく。
──アスランが見せたあの表情が、どうしても忘れられない。
どうしても最後に彼が見たいと、振り返ったあの一瞬。互いの視線が交錯してしまった。あんな表情をする彼を初めて見た。
あんな表情を、私がさせてしまった。
分かっていたはずなのに。こうなることは十年前から知っていたはずなのに。
決めたのは私。そうしたのは私。彼にあんな表情をさせたのは、私。
分かっている。ああするしか無かった。それが私のためであり、彼のためでもあった。あれが一番最善の手だったのだ。
そう自分に言い聞かせることで、必死に罪悪感から逃れようとする。十年で固めたはずの意思は、あの表情を見てしまったことで崩れそうになっていた。
今すぐにでも彼の元へ赴いて、その腕にもう一度抱きしめられたい。許しを請いたい。
そんなことを考えそうになる自分に嫌悪感を覚え、震える拳を握りしめる。
崩れそうになる心を必死で押しとどめながら、ふと室内を見渡す。
用意された部屋は貴族用のものらしく、あちこちに高価な調度品が飾られている。
しかし部屋の雰囲気に沿うようにアクセントとして置かれたもので、決して悪目立ちしてはいない。白い清潔な室内には予め用意がなされていたのかニンフィアの花の香がたかれていた。
ニンフィアの花は幼い頃過ごした神殿でよく見かけた花で、花弁は陽に当たると淡く青に光る。蜜は甘く、その甘い香りで虫をおびき寄せる。
私はこのニンフィアの花と、シラル草の香りが大好きだった。
その事を知っているのは彼だけ。
だから恐らく、このニンフィアの香を用意させたのはアスランだ。
よくよく見ればこの部屋の調度品も雰囲気も、私好みのものになっている。おそらく、この部屋も彼が手配させたものなのだろう。
彼は私のことを思い、目覚めた私が不自由なく過ごせるようにと考えてくれていたのだろう。
その気遣いが、心配りが、今の私には何よりも辛かった。
それが本当の「愛」であれば、どれだけ良かっただろうか。
アスランの想いが本物であれば、私も素直に喜ぶことができたのに。
彼は、本当に優しすぎる。優しすぎた。
「アスラン……」
──ぽた。
呟いた彼の名前に重なるように、頬を伝った涙が一雫、握った拳の上に流れ落ちた。
いけない。私が泣いてはいけない。彼を傷つけたのは私だ。私に泣く権利などない。
そう思うのに、一度流れてしまった涙は止めようがなかった。
そうする間にも日が昇り、本格的な朝が訪れようとしている。
窓からさす朝日の光を浴びながら、私は声を押し殺して涙を流し続けた。
*
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そう言われては彼女の仕事を取るのもなんだかいたたまれない。
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