上 下
4 / 17
01 リステラ

私は貴方を愛さない 4

しおりを挟む
「はぁ……」


 一夜明けて朝日が登り始める頃、なかなか眠り着くことが出来ずベッドで何度も寝返りをうっていた私は、眠るのを諦めて起きることにした。

 用意された薄い紫の所々にあしらわれたレースが可愛らしいドレスに着替えながら、今日何度目か知れない溜息をつく。

 ──アスランが見せたあの表情が、どうしても忘れられない。
 どうしてもに彼が見たいと、振り返ったあの一瞬。互いの視線が交錯してしまった。あんな表情をする彼を初めて見た。

 あんな表情を、私がさせてしまった。

 分かっていたはずなのに。こうなることは十年前から知っていたはずなのに。
 決めたのは私。そうしたのは私。彼にあんな表情をさせたのは、私。

 分かっている。ああするしか無かった。それが私のためであり、彼のためでもあった。あれが一番最善の手だったのだ。

 そう自分に言い聞かせることで、必死に罪悪感から逃れようとする。十年で固めたはずの意思は、あの表情を見てしまったことで崩れそうになっていた。

 今すぐにでも彼の元へ赴いて、その腕にもう一度抱きしめられたい。許しを請いたい。

 そんなことを考えそうになる自分に嫌悪感を覚え、震える拳を握りしめる。

 崩れそうになる心を必死で押しとどめながら、ふと室内を見渡す。

 用意された部屋は貴族用のものらしく、あちこちに高価な調度品が飾られている。

 しかし部屋の雰囲気に沿うようにアクセントとして置かれたもので、決して悪目立ちしてはいない。白い清潔な室内には予め用意がなされていたのかニンフィアの花の香がたかれていた。

 ニンフィアの花は幼い頃過ごした神殿でよく見かけた花で、花弁は陽に当たると淡く青に光る。蜜は甘く、その甘い香りで虫をおびき寄せる。

 私はこのニンフィアの花と、シラル草の香りが大好きだった。
 その事を知っているのは彼だけ。

 だから恐らく、このニンフィアの香を用意させたのはアスランだ。

 よくよく見ればこの部屋の調度品も雰囲気も、私好みのものになっている。おそらく、この部屋も彼が手配させたものなのだろう。

 彼は私のことを思い、目覚めた私が不自由なく過ごせるようにと考えてくれていたのだろう。
 その気遣いが、心配りが、今の私には何よりも辛かった。

 それが本当の「愛」であれば、どれだけ良かっただろうか。
 アスランの想いが本物であれば、私も素直に喜ぶことができたのに。

 彼は、本当に優しすぎる。優しすぎた。


「アスラン……」


 ──ぽた。
 呟いた彼の名前に重なるように、頬を伝った涙が一雫、握った拳の上に流れ落ちた。

 いけない。私が泣いてはいけない。彼を傷つけたのは私だ。私に泣く権利などない。
 そう思うのに、一度流れてしまった涙は止めようがなかった。

 そうする間にも日が昇り、本格的な朝が訪れようとしている。
 窓からさす朝日の光を浴びながら、私は声を押し殺して涙を流し続けた。


 *


 日が完全に登り、人々が活動を始める頃。
 その頃には涙もなんとか収まり、少し腫れた目元を気にしながら、私は一息ついた。

 傍には用意された世話係の侍女が、食事の用意をしてくれている。
 神殿にいた頃は身の回りの事は自分でやっていたので自分でできると言ってみたのだが、「私の仕事が無くなりますから、どうかそのままでお待ちください」と諌められてしまった。

 そう言われては彼女の仕事を取るのもなんだかいたたまれない。
 私は大人しく席に座り、用意が終わるのを待っていた。

 待っている間は何となく手持ち無沙汰で視線をあちこちに彷徨わせ、目だけを動かしせわしなく周囲を見渡す。

 そして何気なく廊下側の窓に視線をずらした時目に飛び込んできた光景に驚き心臓が止まりそうになった。


「!!」


 何故。何故、あの方がここにいらっしゃるの……。
 まさか真っ直ぐここを目指してきている……?
 まさか、そんな。

 そんなはずは無いと思うも、その人物は間違いなくこちらの部屋の方へと歩いてきていた。
 しかも誰も伴わず、一人で。

 夢であって欲しいと、瞬きを繰り返すけれど、確実にその人物はこの部屋を目指して歩いている。

 いよいよ動揺を隠せなくなった私は微かに震えながら、自分の顔が蒼白になっていくのが分かった。


 そして、ついに──。


 ──コンコン。
 私がいる部屋の扉がノックされた。
 そして。


「リステラ。今入ってもいいか?    少し話がしたい」


 扉を挟んでいるので少しくぐもってはいたが、その声は間違いなく彼──アスランのものだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

【本編完結】独りよがりの初恋でした

須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。  それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。 アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。 #ほろ苦い初恋 #それぞれにハッピーエンド 特にざまぁなどはありません。 小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...