柱神の巫女~貴方の「愛」は信じない~

蓮実 アラタ

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01 リステラ

私は貴方を愛さない 2

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 私は元々神官長の娘だった。
 この国の主神である加護の女神フローラに仕え、一心に祈りを捧げる存在。

 その一介の巫女に過ぎなかった私が、人間の外敵である魔素を隔絶するためにフローラ神が創りあげた結界、『天蓋てんがい』を支える一柱、『柱神ちゅうしん』となったのは私に神気を受け止める適性があったからだ。




 はるか昔。この世界は今より進んだ技術を持ち、かつてない栄華を極めていた。
 
人類が繁栄し、地上の主となり意のままに蹂躙した。

 だがその繁栄はいとも簡単に脆く崩れさることになる。
魔素まそ」と呼ばれる人間を狂わせる正体不明の素子が突如として現れ、世界を覆ったからである。

 魔素に侵された人間はたちまち正気を失い廃人と化し、暴虐と破壊の限りを尽くす魔物と成り果てる。魔物となった人間を戻す術はなく、人類は直ぐに滅亡の危機に晒された。

 その未曾有の事態に立ち向かったのが、加護の女神フローラだった。
 彼女は魔素を中和し、浄化する「神気しんき」の唯一の使い手だったのだ。

 彼女は己の持ちうる全ての力をもって国中の魔素を浄化し、最後に自身を膨大な量の「神気」へと変え、国全体に魔素を隔絶する結界を張った。

 それが今『天蓋』と呼ばれるものであり、その天蓋に覆われたフローランズ王国は今まで魔素の驚異に晒されることなく発展を遂げてきた。

 しかしこの天蓋は膨大な神気の塊。
 神気は魔素の対極に位置するモノだが、本質は魔素と同じ素子。本来は空気中に漂い漂流するものなのだ。

 そこで不安定な神気を固定し、天蓋を維持する存在が必要となった。

 それが神気を扱う適性を持ち、その身に受け止め、天蓋を支える柱──『柱神』である。
 肉体という器を捨て、意識という精神体で天蓋と一体化し、神気を固定化し、受け止め、支える存在。

 かつてのフローラ神ではなくとも神気に適性がある者は一定数存在し、その者たちが代々『柱神』となることで天蓋を維持し、王国を守ってきたのだ。

 しかし魔素ほど影響はなくとも神気もまた浴び続ければ人間にとって有害となる。それ故に『柱神』となった者は十年を目処に世代交代してきた。

 そして今回私がその『柱神』に選ばれ、天蓋と一体化するために肉体を眠らせ、十年もの間国を守り続けた。

 その永き眠りから覚めた私は、満を持してようやくお役御免、となったのである。


 *


「リステラよ、十年にも渡って『柱神』としての役目を見事に果たしてくれた。今日を以てそなたをその任から解く。大儀であった」
「勿体なきお言葉。誠に光栄に存じます」


 私は謁見の間で十年ぶりに国王と相見えていた。
 十年ぶりに見た国王は白髪が増え、最後に見た時より顔の皺も増えており、如何に年月が過ぎたのかを私は実感していた。

 恭しく頭を下げた私に国王は鷹揚にうむと頷く。


「ついてはそなたの今後なのだが……。『柱神』としての功績を讃え、そなたを我が王太子の婚約者として迎えたい。これはアスラン自身の意思でもある」


 国王はそう言うと、横に視線をずらした。
 その視線の先、国王の横に控えていた王太子──アスランが熱のこもった視線で私を見つめた。

 十年前は私と同い年だった彼は私が眠っていた間に成長し、立派な二十代の青年となっていた。
 本当なら婚約者がとっくにいてもおかしくない年齢だ。

 それでも婚約者を作らなかったのは──私という存在がいたから。私が『柱神』に選ばれた時から、彼の婚約者は私だと決まっていた。

 彼は私を愛してくれた。私も彼を愛していた。

 ──『愛していた』。

 その言葉にズキリ、と胸が傷んだ気がした。
 でも、きっと気の所為。そう、気の所為でなければならない。

 時間は十分にあった。十年という永き時間の間に、私はきっちりと気持ちに整理をつけたはずだ。
 大丈夫。私はもう大丈夫。


「リステラ。この場を借りて君に求婚したい。どうか僕と結婚しておくれ。……愛おしい僕のリステラ。愛しているよ」


 いつの間にか私の正面まで来ていた彼が私の前に膝立ちになって私の右手の甲をとり、キスをした。
 その熱い眼差しはかつて見た事がないほど愛おしさに満ちていて、心臓の鼓動が早くなり、私は危うく肯定の返事をしかけた。

 いけない。勘違いしてはいけない。
 私は静かに深呼吸をして心を落ち着けた。

 彼の言葉を鵜呑みにしてはいけない。心を許してはいけない。
 私は彼を愛してはいない。

 繰り返し言葉を反芻し、動揺を押さえつける。

 彼は膝立ちのまま上目遣いに私を見つめ、返事を待っている。
 こちらを見つめた国王も、どこか微笑ましげな表情を浮かべている。

 皆がこの婚約の成立を信じて疑っていない。当然だと思っている。
 私と彼は相思相愛だと皆が信じている。私もかつてはそうだと思っていた。思いたかった。


 けれど。
 私はその一切の期待を裏切る。

 こちらを見上げる王太子を冷たく一瞥し、私は言葉を返した。


「──申し訳ありません。その婚約はお受けすることができません。私は殿下を愛してなどおりません」




 どこかでズキリと、また胸が傷んだ気がした。
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