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9 望んだ妻と国王の苦悩
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「ティアラ・ラトゥーニ嬢を妻に所望したく存じます」
そう言ってアイスブルーの瞳をこちらに向けたオルドフの言葉に、国王セドラス・フィン・ラジエールは目を見開いた。
今しがた聞いた言葉が空耳ではないかと思い、オルドフの瞳を注視するが、そこに冗談の類は感じられない。
真剣にそう願い出たオルドフを、国王セドラスは信じられない思いで見返していた。
――冗談で言ったつもりが、まさか本当になるとは……。
オルドフがわざわざ妻にしたいと望む人物が現れるとは。いや、あのオルドフが妻を望むなんて。あの堅物であるオルドフが! 妻を! 望むなんて!!
「お前頭大丈夫か? 正常か?」
思わず玉座を降りてオルドフに近寄り、その額に手を当てる。オルドフが怪訝そうに顔を歪めるのも構わず、国王はオルドフの体温を計った。
――うむ、ヒヤリとして冷たい。どうやら熱は無いらしい。
「私は至って正常ですよ。何を言ってるんです?」
手を退けると、オルドフはますます不機嫌そうな表情になる。
だが、国王はとてつもなく信じられなかった。
「妻に望む人物がお前にもいたのか!!」
「……さっきから失礼ではありませんか陛下。俺に対して」
「色恋沙汰とは無縁すぎるお前がそんなこと言うからではないか! びっくりしたぞ!!」
「私ももう二十三ですよ。結婚だって考えます」
ますますむっとした表情になるオルドフを見て、国王はやりすぎたかと自省する。
コホン、と咳払いして玉座に戻ると、早々に話題を変える。とりあえず、彼が妻にと望む令嬢について知る必要があった。
「して、ティアラ嬢とはどのような令嬢なのだ? そういえば名前を聞いたことがあるような……?」
はて、と首を捻る国王にオルドフが頷く。
「先日の件で活躍した精霊魔術士どのです」
「――ああ、『再生』を司る精霊を従えた魔術士か。彼女のおかげで私の腰痛も治ったのだったな」
国王は先日会った精霊魔術士について思い出す。
まだ十六歳という歳でありながら完璧に精霊魔術を使いこなし、彼女の魔術によって長年悩まされていた腰の痛みが嘘のように消え去ったのは感動した。
彼女は十代の少女らしい愛らしい容姿をした、実に可憐な美少女だった。
艷めくハニーブロンドの髪と、大きな琥珀の瞳。もう少し育てば、大輪の咲き誇る花として社交界を賑わせる存在となるだろう。
なるほど、可愛らしいものにまるで縁がないオルドフが虜になるのも頷ける。
――しかし。
「彼女は……子爵令嬢ではなかったかな?」
「はい。ラトゥーニ子爵のご息女であられるようで」
「そうか……」
そこで言葉を切り、思案する振りをして、国王セドラスは内心で頭を抱えた。
――ラトゥーニ家。
魔術士の中でも有数の実力をもつ知る人ぞ知る名家。
しかしながら本人たちが身分への執着の薄さから子爵に留まっている変わり者の一族である。
現当主であるティオドール・ラトゥーニは現存の魔術士達の中でもトップクラスの実力を誇っていながら、自分は研究室に篭もるのが好きといった根っからの研究者だ。
その力を耳にした国王セドラスがその昔、専属魔術士として取り立てようと研究室に自ら立ち寄ったところ、門前払いを食らったことがある。
あの時は研究室の扉すら開けてもらえずセドラスは「あれ、俺国王だよな?」と思わず自問自答した。
しかし世の中のことなどまるで興味がないティオドールにも一つだけ執着するものがある。
それが一人娘であるティアラのことだ。
愛する妻フィオラに生き写し、まるで瓜二つに生まれてきた愛娘のことを、ティオドールは溺愛していた。
しかもティアラはティオドール以上の才能を――精霊魔術士という希少な能力を持って生まれた。そしてそのせいでティオドールの親馬鹿は余計に加速した。
その溺愛ぶりは国王セドラスも引くほどで、ティアラが精霊魔術士として挨拶してきた日には横に絶えず同行していたほどだ。
それこそ目に入れて痛くないほどに溺愛している娘を、オルドフが妻に望んでいると知ったらどうなるか。想像にかたくない。下手すればこの国が滅ぶ。
そしてもうひとつの懸念は子爵令嬢であること。
オルドフは公爵だ。王族にも連なる血筋である家系の妻は当然、高位貴族であることを求められる。
もしこのままオルドフの望みを叶えるとして、他の貴族からの反発があったら、『三公』の均衡が崩れ、最悪内部分裂しかねないのだ。
――いや、ティアラ嬢は精霊魔術士だ。その希少性があれば、子爵令嬢であろうと功績さえ立てれば公爵の妻に据えることはできる。いやしかし……。
一番の問題は親馬鹿への説得。
政略結婚という貴族的な事情と、父親の問題。
オルドフのたっての願いだ。ぜひ叶えてやりたいが……。
そう簡単にはいかない現実。
まさかこんな事態になるとは……。軽い気持ちで言ったことがここまで深刻化したことに今になって後悔を覚える国王セドラスだった。
そう言ってアイスブルーの瞳をこちらに向けたオルドフの言葉に、国王セドラス・フィン・ラジエールは目を見開いた。
今しがた聞いた言葉が空耳ではないかと思い、オルドフの瞳を注視するが、そこに冗談の類は感じられない。
真剣にそう願い出たオルドフを、国王セドラスは信じられない思いで見返していた。
――冗談で言ったつもりが、まさか本当になるとは……。
オルドフがわざわざ妻にしたいと望む人物が現れるとは。いや、あのオルドフが妻を望むなんて。あの堅物であるオルドフが! 妻を! 望むなんて!!
「お前頭大丈夫か? 正常か?」
思わず玉座を降りてオルドフに近寄り、その額に手を当てる。オルドフが怪訝そうに顔を歪めるのも構わず、国王はオルドフの体温を計った。
――うむ、ヒヤリとして冷たい。どうやら熱は無いらしい。
「私は至って正常ですよ。何を言ってるんです?」
手を退けると、オルドフはますます不機嫌そうな表情になる。
だが、国王はとてつもなく信じられなかった。
「妻に望む人物がお前にもいたのか!!」
「……さっきから失礼ではありませんか陛下。俺に対して」
「色恋沙汰とは無縁すぎるお前がそんなこと言うからではないか! びっくりしたぞ!!」
「私ももう二十三ですよ。結婚だって考えます」
ますますむっとした表情になるオルドフを見て、国王はやりすぎたかと自省する。
コホン、と咳払いして玉座に戻ると、早々に話題を変える。とりあえず、彼が妻にと望む令嬢について知る必要があった。
「して、ティアラ嬢とはどのような令嬢なのだ? そういえば名前を聞いたことがあるような……?」
はて、と首を捻る国王にオルドフが頷く。
「先日の件で活躍した精霊魔術士どのです」
「――ああ、『再生』を司る精霊を従えた魔術士か。彼女のおかげで私の腰痛も治ったのだったな」
国王は先日会った精霊魔術士について思い出す。
まだ十六歳という歳でありながら完璧に精霊魔術を使いこなし、彼女の魔術によって長年悩まされていた腰の痛みが嘘のように消え去ったのは感動した。
彼女は十代の少女らしい愛らしい容姿をした、実に可憐な美少女だった。
艷めくハニーブロンドの髪と、大きな琥珀の瞳。もう少し育てば、大輪の咲き誇る花として社交界を賑わせる存在となるだろう。
なるほど、可愛らしいものにまるで縁がないオルドフが虜になるのも頷ける。
――しかし。
「彼女は……子爵令嬢ではなかったかな?」
「はい。ラトゥーニ子爵のご息女であられるようで」
「そうか……」
そこで言葉を切り、思案する振りをして、国王セドラスは内心で頭を抱えた。
――ラトゥーニ家。
魔術士の中でも有数の実力をもつ知る人ぞ知る名家。
しかしながら本人たちが身分への執着の薄さから子爵に留まっている変わり者の一族である。
現当主であるティオドール・ラトゥーニは現存の魔術士達の中でもトップクラスの実力を誇っていながら、自分は研究室に篭もるのが好きといった根っからの研究者だ。
その力を耳にした国王セドラスがその昔、専属魔術士として取り立てようと研究室に自ら立ち寄ったところ、門前払いを食らったことがある。
あの時は研究室の扉すら開けてもらえずセドラスは「あれ、俺国王だよな?」と思わず自問自答した。
しかし世の中のことなどまるで興味がないティオドールにも一つだけ執着するものがある。
それが一人娘であるティアラのことだ。
愛する妻フィオラに生き写し、まるで瓜二つに生まれてきた愛娘のことを、ティオドールは溺愛していた。
しかもティアラはティオドール以上の才能を――精霊魔術士という希少な能力を持って生まれた。そしてそのせいでティオドールの親馬鹿は余計に加速した。
その溺愛ぶりは国王セドラスも引くほどで、ティアラが精霊魔術士として挨拶してきた日には横に絶えず同行していたほどだ。
それこそ目に入れて痛くないほどに溺愛している娘を、オルドフが妻に望んでいると知ったらどうなるか。想像にかたくない。下手すればこの国が滅ぶ。
そしてもうひとつの懸念は子爵令嬢であること。
オルドフは公爵だ。王族にも連なる血筋である家系の妻は当然、高位貴族であることを求められる。
もしこのままオルドフの望みを叶えるとして、他の貴族からの反発があったら、『三公』の均衡が崩れ、最悪内部分裂しかねないのだ。
――いや、ティアラ嬢は精霊魔術士だ。その希少性があれば、子爵令嬢であろうと功績さえ立てれば公爵の妻に据えることはできる。いやしかし……。
一番の問題は親馬鹿への説得。
政略結婚という貴族的な事情と、父親の問題。
オルドフのたっての願いだ。ぜひ叶えてやりたいが……。
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