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8 オルドフ・アンゼスの決意

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 結局、奇襲作戦は失敗したが、精霊魔術士のおかげで戦況は一変、オルドフ達は勝利を収めることができた。
 国境沿いの帝国側の陣地は一掃され、オルドフは名誉の帰還を果たした。

 一度は壊滅しかかったとはいえ、見事に作戦を成し遂げたオルドフの軍をラジエール国王は褒め讃え、オルドフを謁見の間に呼び寄せた。
 表向きは危機から脱し見事に帰還した将軍に、国王自ら報告を聞きたいという名目だった。

「――そうか。極秘作戦のはずが待ち伏せされていたというあたり、やはり情報が漏れていたのであろうな」
「最近我が国内でも不審な動きが見られます。特に『三公さんこう』のうちの一家であるオルトーゼス公爵の一派の活動が活発になっていることも無関係とは思えません」

 王国内に裏切り者がいる。それが国王とオルドフの見解だった。
 イスフィールを巡っての戦争が始まって以来、王国内では戦争の裏で不穏な動きが多々あった。
 それに何より最近王都では新興宗教が勢力を伸ばしつつあると聞く。帝国との開戦を機に始まったこのふたつの動きは無関係とは思えなかった。

「内通者は炙り出せそうか?」
「今はまだなんとも。しかし監視の手は緩めておりません。すら漏れていた辺り、かなり深くまで潜り込んでいるのでしょうが、必ず見つけ出します」
「ああ、頼んだぞ」
「承りました」

 国王の言葉に恭しく頭を下げるオルドフ。切れ長の双眸を細めて敬礼する様はオルドフが普段は見せない姿だった。
 オルドフは表向きは国王直属軍を指揮する将軍だが、もうひとつ裏の顔がある。

 オルドフの本来の役職は特務騎士。国王陛下の手と足となり、王国全ての情報を統括する役職にあった。特務騎士は暗部組織。国王が信頼に足ると認定された者だけがこの役職についていた。

 オルドフが指揮する王国直属軍、第二隊は表の姿。その構成員全てが、特務騎士である。そのオルドフの軍が敵地掃討作戦の任を受けて動いていたことがバレていたとなれば由々しき事態。
 早く内通者を炙りださなければならなかった。

 ――今回はしてやられたが、もう同じ失態はおかさない。私の名にかけて、内通者は見つけ出して見せる。

 決意を新たにアイスブルーの瞳を細めたオルドフを見て、国王は苦笑した。何かを懐かしむような、慈しむような慈愛の視線は、オルドフの瞳を通して、誰かを思い出しているような様子だった。

「そなたは本当によく似ているな。ジオルフとアイシェラに。とくにその眼はジオルフに生き写しだ」
「父上に、ですか……?」

 国王の言葉に、オルドフはなんと返せばいいのか分からなくなって、閉口した。

 父ジオルフと母アイシェラはオルドフが十七歳の時事故で亡くなった。馬車で橋を渡っている最中に橋が崩れ落ち、その道連れになったと聞いている。

 母アイシェラは国王の妹で、二人は政略結婚だったが、オルドフから見ても仲睦まじい両親だった。
 自慢の両親だった。父は国王の信頼も厚い第一の臣下で、母は女ながら優秀な剣の使い手で、優秀な魔術士でもあったのだそうだ。
 頑強に組まれたはずの鉄橋が落下さえしなければ、二人は未だ現役で軍で活躍していただろう。まさに不幸な事故としか言いようがなかった。

 十七という歳で両親を失い、公爵の位を継いだオルドフに両親の死を悼む時間は残されていなかった。父の跡を継ぎ、公爵となって国王の元で働くことがオルドフに求められていことだった。

 両親が死んで六年、二十三となったオルドフは、自分がかつての父のように立派に仕事をこなせているかわからない。ただ誇りに思っていた父に恥じぬよう、自らの研鑽を怠らないことしかできなかった。
 それ故に国王に父の話をされると、オルドフは毎回複雑な心境になるのだ。

「私が父上のようになれているのかは分かりかねますが、この件に関しては私の全てをかけて遂行してみせます。王国に仇なす者は必ず見つけ出しましょう」
「うむ、頼りにしているぞ」

 鷹揚に頷いた国王は「そういえば」と手をポンと叩いた。

「今回の件でそなたは大活躍したのだったな。褒美を取らせたいと考えているが、なにか望みはないか?」

 急な話題にオルドフは眉を寄せて戸惑う。

「望み……ですか?」
「そうだ。常識の範囲内ならなんでもよいぞ。何がいい。新しい装備か? 領地か? それとも結婚相手か? お前もそろそろいい歳だし、誰か気になる相手は居ないのか?」

 茶化すように聞いてきた国王に、オルドフは思案する。

 ――気になる相手……。

 真っ先に頭に浮かんだのは、ハニーブロンドに琥珀の瞳をもつかの精霊魔術士。
 あれ以降彼女の姿は目にしていないが、ティアラのことはずっと頭の中から離れなかった。ことある事に思い出しては元気だろうか、怪我などしていないだろうかと気にかかってしまう。

 今なお鮮明に思い出せる彼女の姿。
 戦場で歌を歌いながら怪我を癒すおとぎ話に出てくる聖女のようなあの姿は、オルドフと心に刻みつけられてしまっていた。完全なる一目惚れである。実にベタ過ぎる一目惚れであった。

 オルドフは不思議でならなかった。
 なぜ自分はこんなにもティアラのことが気にかかるのだろう。何故こんなにも彼女を目で追ってしまいそうになるのだろう。どうして誰よりも彼女のそばに居たいと思ってしまうのだろう。

 ――どうして彼女を想うと、こんなにも胸が高鳴ってしまうのだろう。
 その存在が心から欲しいと思ってしまうのだろう。

 そこまで考えた時、オルドフはついに自覚した。この思いを、人がなんと呼ぶのか。
 自覚した途端、自分でも収集が付けられなくなった思いをどうにかしたくて、気づけばオルドフは望みを口にしていた。

 迷いの無くなったアイスブルーの瞳で国王を見上げて、

「ティアラ・ラトゥーニ嬢を妻に所望したく存じます」

 そうはっきりと言い切った。

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