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7 かの出会いはここから

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 ――四年前。
 ラジエール王国は戦乱に巻き込まれつつあった。周辺諸国で最も勢力を伸ばしつつあったキエラジア帝国との緊張状態が続き、各地では紛争が起きていた。その全てのきっかけとなったのは、小国イスフィールに帝国が宣戦布告したことだった。

 イスフィール王国は小国ながら資源に恵まれていた。西は資源豊かな山脈に囲まれ、東には遥か彼方へと続く海が見える小さいながらも恵まれた国。中でも農業と鉄鋼業は周辺国でも高い水準にあり、その発展によって他国からの侵略を免れていたのだ。

 その頃圧倒的な武力に物言わせて次々と国を滅ぼしていた帝国がイスフィールに目を向けたのは自然なことだっただろう。
 帝国は再三イスフィールに隷属するよう呼びかけたが、かの国がそれに応じることはなかった。それに業を煮やした帝国がイスフィールに宣戦布告し、戦争がはじまった。

 イスフィールと古くから親交のあったラジエール王国は密かに同盟を結び、帝国に抵抗した。ラジエール王国では圧倒的な戦闘力を誇る希少な『精霊魔術士』がいることから帝国も手を出しづらく、両者は拮抗していた。

 オルドフはその頃、任務で敵地掃討作戦の実行に当たっていた。国境沿いにしかれた帝国側の陣地のひとつに奇襲を仕掛けようとしていたのである。
 しかしそれは失敗に終わる。いざ総攻撃をしようとした瞬間、待ち構えていたように帝国側の銃撃を受けた。
 奇襲をするはずが、逆に待ち伏せされていた。どこかで情報が漏れたとしか思えないその状況は、オルドフ達をさらに劣勢に追い込んだ。

 敵には魔術士が混じっていたのだ。精霊を通していないとは言え、その身から放たれる魔術は相当な攻撃力を発揮し、オルドフの軍は大打撃を受けた。すぐに反撃を開始したが、その時点で半数が重傷者となり、壊滅しかかっていた。

 ――このままでは全滅する。オルドフがいよいよ死を覚悟した、その時だった。



『――おいで。我が隣人。その優しき力で全てを癒してあげて』

 鈴のような、大気を震わす麗しい声が、聞こえた。それと共に戦場に不似合いな、歌うような旋律が聞こえ始める。
 どこからともなく聞こえ始めたその調べは、不思議な力を持っていた。その声が耳に聞こえた途端、オルドフの怪我が癒えたのだ。
 驚いて隣を見やると、先程まで重症を負い息も絶え絶えだった部下が、上半身だけ起き上がって驚愕の表情を浮かべていた。

 こんな魔術、見たことがない。普通の治癒魔術でも重症の場合は完治するまでに一週間を要するのだ。そのくらいの怪我を部下は負っていたはずなのに。
 その瞬間、オルドフにはあるひとつの可能性が浮かんだ。

 人智を超えた魔術をさらに超えるもの。歌によって旋律を奏で、精霊と呼ばれる人外の存在を操り、奇跡を成すもの。それ故に希少な存在とされ、ラジエール王国でも二人しかいない稀有な魔術士。

「精霊魔術士……」

 まさかここまでの奇跡を起こせるとは。驚愕に言葉も出ないまま、オルドフは美しい旋律を奏でる主を探した。
 しばらく周囲をキョロキョロと見回して――そして。
 見つけた。

 ハニーブロンドの髪を揺らし、精霊魔術士の証である聖銀の腕章を身につけた存在。騎士服を身にまとい、光のオーラを纏いながら歌い歩く姿はまさしく戦場に舞い降りた女神だった。

 柔らかな髪を流し、歩きながら怪我人を癒す彼女の姿からオルドフは目を離せなかった。
 純粋に美しいと、思ってしまった。魅入られて、心を掴まれてしまった。その鮮烈な感覚をなんと呼ぶのか、オルドフは知らなかった。

 ひたすら歌い続ける彼女を目にしたオルドフは、気づけば歩き出していた。最初はぎこちなく、次第に走るようにして、ガシャガシャと鎧を揺らして、オルドフは彼女の前に立った。
 オルドフと向かい合う形になった精霊魔術士がキョトンとしてこちらを見上げてくる。その挙動にすら魅入られそうになりながら、オルドフは震える口を開く。

「ありがとう。君のおかげで我が軍は助かった。……名前を聞いても構わないか?」

 緊張で硬くなったオルドフを見上げて、彼女はにっこりと笑った。蠱惑的な琥珀の瞳を柔らかく細め、小さな薔薇色の唇で、その名を名乗った。

「――ティアラと申します。精霊魔術士のティアラ・ラトゥーニ。それが、私の名前です」

 オルドフは、ハニーブロンドを背に揺らした少女の顔と共にその名を胸に刻み込んだ。
 まさしく、オルドフにとってこれが運命の出会いだった。

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