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2 ティアラ・ラトゥーニの場合

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「――ティアラ、知ってる? 最近将軍に愛人ができたらしいわよ?」


 とあるお茶会に招かれて告げられた一言。
 この日、ティアラ・ラトゥーニは一大決心した。
 夫と離縁することを。
 と言っても、離縁すること自体は元々考えていたことである。

 ティアラの夫であるオルドフのアンゼス家はここラジエール王国において公爵の地位を頂く名家である。
 貴族ではあるものの、子爵という下級階級出身のティアラが王族とも縁の深いアンゼス公爵家との縁談を組むことができたのはティアラがこの国でも希少な『精霊魔術士』として生まれついたからである。

 精霊と交流し、その力を借りて奇跡を成す術士。
 王国でもそう数はいない希少な才能を持って生まれたティアラを、王家が見逃すはずもなかった。
 他の国や貴族から縁談が持ち込まれる前に王命で公爵家との縁談が組まれ、しがない下級貴族であるラトゥーニ家はただそれに従うことしかできなかった。

 言うまでもない政略結婚。愛など存在するはずもない。
 その証拠にティアラは結婚して四年間、夫に抱かれたことがなかった。
 結婚初夜も勿論なく、夫婦らしい生活もしたことがない。
 結婚式は挙げたものの、それ以降ティアラは公爵夫人専用の部屋を与えられはしたが、隣室の夫の私室へと繋がる部屋のドアが開けられたことは一度もなかった。

 オルドフは元々この国でも将軍の地位にあり、実に多忙な日々を過ごしていてこの屋敷に帰ってくることも稀だった。
 名ばかりの夫婦。まさしく白い結婚だった。

 当時は公爵家に嫁げるなんてと夢を見たりもしたが、十六歳でアンゼス公爵家に嫁いで四年、二十歳になったティアラはそろそろ自分の身の振り方について真面目に考えるようになっていた。
 四年も夫のお手つきがない以上、ティアラでは妻としての務めを果たすことができない。

 自分は夫の好みの女性ではなかったのだろうと彼女は冷静に現実を受け入れ、この先どうするかを考えた時、ティアラは夫と離縁することを思いついた。
 王命での政略結婚ではあったが、四年経っても身篭る気配がない公爵夫人を、世間はどう思うだろうか。

 貴族というのも一枚岩ではない。
 たとえ子爵という下級貴族であっても貴族令嬢であったティアラは知っている。
 貴族の女性が果たすべき一番の役目は、子どもを身篭ることだと。
 それを果たせないままいつの間にか四年過ぎ、妻として何もしていないのに公爵家の財産で生活していくことはティアラの想像以上に彼女のストレスとなっていた。

 お飾りの妻として割り切り、公爵夫人としての豪勢な生活を送れるほど、ティアラは豪胆でもなかった。
 幸いティアラには精霊魔術という類稀なる才能があった。この力がある限り、自分は一人でも暮らしていける。
 王家にとりはからえば、宮廷専属術士として取り立てて貰えるかもしれない。

 もう白い結婚も、お飾りの妻でいることもウンザリだ。
 好みでもないのに結婚までさせてしまった公爵にも申し訳ないし、ここは自分から離縁を申し出よう。

 そうしてティアラは、夫の帰りを待ち、公爵邸で出迎えた。
 美形と称されるオルドフの精悍な容貌を琥珀の双眸で見上げて、一言。


「――旦那様、私と離縁してくださいませんか?」


 まさかこの後、夫がぶっ倒れることになるなど露知らず。
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