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仕返し編
15 そして第七皇女は謀られ、
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将軍があの甘い笑みを向けている。
私はその笑みに囚われたように動けなくなりながら、先程の言葉を反芻する。
『――ずっとお慕いしておりました』
『――このレイヴン・イーゼルベルトがあなたに結婚を申し込むことをお許しください』
結婚を申し込む、ということは求婚。つまりは――求婚。
言葉を噛み砕くようにしてようやく告げられた言葉の意味を理解した。
「――っ、!!」
ボンッ、という擬音をたてそうな程自分の顔が赤く染まっていくのがわかる。
ここが大広間で、記念すべき祭典の真っ只中で、絶賛注目の的になっていることにも構う余裕はなかった。
婦人やうら若き令嬢などは黄色い声を上げて求婚の様子を食い入るように見ている。頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。
先程の激昂した時とは違う意味で焦りが募る。
どうしよう。求婚されたのだから何か返事をしなくてはいけないのに。それが将軍の真摯な応対に対する礼儀だというのに。
何か言わなくては、と思うのに。なにか言葉を紡ごうとするのに。口を上手く動かすことができない。
「……あ」
震える口元を抑えながら紡いだ声は、いつも以上にか細く頼りなくて。
混乱して上手く頭が回らず、まるで水面に上がった魚のように口をぱくぱくさせる。何か言わなきゃ。そう思うのに、将軍がこちらに向けてくる甘い微笑みから目が離せない。
心臓が大きく脈打ち、全身に血が巡る様子がやけに鮮明に感じられた。
何故、こんなに将軍から目が離せないのだろうか。
何も言えなくなってしまうのか。
どうしてこんなにも胸が高鳴ってしまうのか。
その答えを見出せず、おかしくなる自分に戸惑うばかり。
何も言えず将軍を見つめ返していると、こちらの様子を窺っていたらしいお父様が「ふむ」と短く呟いた。
将軍の笑みに固まっているこちらに声をかけてくる。
「レスティーゼよ。お前も売国奴クロムウェル親子の罪を暴くのに一役買ったのだったな。お前も何か望みがあるのなら言ってみなさい」
いきなりこの人は何を言い出すのか。そう思うも、これは願ってもない申し出だった。
将軍の求婚は嬉しくはある。けれどそもそも本来私は来世の幸せに向けて修道女になって徳を積むと決めたのだった。今世の幸せはもうとうに諦めている。
そして修道女になる望みを叶えるためにはお父様に直談判しなければならない。
ほれほれ、と手を振って答えを催促してくるお父様に当初から計画していた「望み」を述べる。いきなり望みを尋ねてきたお父様の意図は掴めないが、利用できるものは利用させてもらおう。
「お父様も何か計画していらしたようですが。明確な罪があったとはいえ、私は立派な国事である祝勝の祭典の途中にモースを断罪し、皇帝の命でもあったクロムウェル公との婚約を破棄しようとしました。私は皇族として、皇女としての自覚が些か欠けております。とても今回の振る舞いは皇女として相応しいとは言い難いと、自分でも思うのです」
ここからが重要だ。
一息ついて、鋭く息を吸い込むと言葉を続ける。
「ですから、私は皇都より遠く離れた静かな地で信仰深き者として今一度皇女たることを考え、学び直したく存じます」
言外に「シスターになりたい」と匂わせ、お父様に答える。
言葉はぼやかしたがお父様のことだ、きっと私の意図に気づいているはずだ。
「ふむ……成程な」
お父様は私をしげしげと見つめつつ、何やら思案する。
しばらくうーむ、と唸ったあとうん、と頷いた。どうやら答えがまとまったらしい。
その顔に浮かんでいるのは、イタズラを思いついた子どもがするような意地悪い笑み。
……何かしら。とてつもなく嫌な予感がするわ。
お父様がこの笑みを浮かべた時は大抵ろくなことが無い。
何か悪さをすると相場が決まっているのだ。
嫌な予感に身動ぎしつつ言葉を待っていると。
ニヤニヤした笑みを崩さないまま、お父様は将軍に視線をやる。
「イーゼルベルト将軍よ、ミッドヴェルン辺境伯の位を授けるに際して皇都での待機の任を解き、アイルメリアとの国境沿いの警備を新たに命ずるがよいか?」
「はい、承知しました」
「うむ。しかしそなたにはイーゼルベルト公爵として公爵領を管理する立場でもある。加えて将軍としての役目もあるのだ。人手があるに越したことは無いだろう?」
「はい。それは確かに……。部下は優秀な者ばかりですが、それでも限界はありますので」
「うむ、そうだろうな。そこで、だ」
お父様はそこで言葉を切り、私を見る。
銀青の瞳と目が合って、嫌な予感が確信に変わった。
「レスティーゼ・エル・ヘルゼナイツ第七皇女をミッドヴェルン領復興のための補佐として遣わそうと思う。あそこにはしばらく警戒のため帝国軍も逗留させる予定ゆえ、視察も兼ねて皇族の者を遣わす予定があったから丁度良い。それにレスティーゼは今すぐ求婚の返事を返すことができないようだ。それならば、イーゼルベルト公爵を第七皇女の婚約者『候補』とし、共にミッドヴェルン領を復興するために協力しあえば互いの認識も深まるだろう?」
――とんでもない結論を出しやがった。
確かに辻褄は合ってるけど、合ってるけど!!
皇帝のとんでもない言葉にイーゼルベルト将軍はそれはよい、と乗り気になる。
「それは素晴らしいお考えです陛下。結婚は今後の人生を左右する大事なことです。私も求婚に思いが高揚してレスティーゼ殿下のお気持ちの整理にまで頭が回りませんでした。共に過ごせば私の人となりを知ってもらえますから、レスティーゼ殿下もよくお考えになれるでしょうしね」
流石陛下だ、とうんうんと頷く将軍。大仰に手まで叩いて皇帝を讃える。やけに身振り手振りが大袈裟でわざとらしいのは気の所為だろうか。
この結論でまとまりそうな雰囲気になり、私は焦った。
冗談ではない。私はシスターになりたいのだ。
「お、お待ちください、お父様。私は皇都から離れた地で信仰深き者として慎ましく生きたい、とお願いしたはずです。私の願いはどうなるのですか?」
将軍と私に望みを聞いておいて、将軍の望みは叶えようとするくせに、こちらの望みを無効にしようと言うのか。
そう指摘すれば、お父様はキョトンとした表情を浮かべる。
「何を言っとるんだ、レスティーゼよ。お前の望みもきちんと叶えておるではないか」
「どこがですか!」
全力で突っ込むと、お父様はまたニヤニヤと笑って告げた。
「お前の望みは『遠く離れた地で、信仰深き者として生きたい』だろう? ミッドヴェルン領はここ皇都べルテンより馬車で半月はかかる。『遠く離れた地』だ。それにあそこは地の高位精霊グウェンダルクが古くから住まう地だ。あそこの民は精霊を信仰する古きよき地でもある。『信仰深き者として』生きることもできるだろう?」
「…………」
望みは叶えておるではないか、と図々しく宣う皇帝。
全くもってお父様の言う通りだった。物は言いよう。ぐうの音も出ない。
私は生まれて初めて父親にある種の殺意を抱いた。
「何か反論はあるかの?」
「……いいえ、ありません……」
すごすごと引き下がる。確かに望みは叶えられているのだ。食い下がればこちらの部が悪くなる。
「ふむ、では決定だな」
「……はい」
頭を押さえて項垂れていると、皇帝と将軍が目配せして笑い合っているのが見えた。
私が見ていることに気づくと、二人とも人が悪そうな笑みを浮かべる。
「!!」
不意に閃いた。
やけに意地悪そうな顔をしていたお父様の提案に、大袈裟な仕草をして皇帝の意見に賛同した将軍。
あのわざとらしい動きは、やはり気の所為ではなかったのだ。
二人が二人とも、知らぬ間に手を組んで私を嵌めたのか。
イーゼルベルト将軍は『皇帝の懐刀』と呼ばれるお父様の腹心の部下。あの提案を聞いて、その裏に込められた意図を見抜いたのだ。
お父様は私を手放さないために。将軍は私を手に入れるために。
あのやり取りだけで水面下で手を組み、私を丸め込んだのだ。
謀られた――!!
そう気づいたのは、全てが決まったあとだった。
私はその笑みに囚われたように動けなくなりながら、先程の言葉を反芻する。
『――ずっとお慕いしておりました』
『――このレイヴン・イーゼルベルトがあなたに結婚を申し込むことをお許しください』
結婚を申し込む、ということは求婚。つまりは――求婚。
言葉を噛み砕くようにしてようやく告げられた言葉の意味を理解した。
「――っ、!!」
ボンッ、という擬音をたてそうな程自分の顔が赤く染まっていくのがわかる。
ここが大広間で、記念すべき祭典の真っ只中で、絶賛注目の的になっていることにも構う余裕はなかった。
婦人やうら若き令嬢などは黄色い声を上げて求婚の様子を食い入るように見ている。頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。
先程の激昂した時とは違う意味で焦りが募る。
どうしよう。求婚されたのだから何か返事をしなくてはいけないのに。それが将軍の真摯な応対に対する礼儀だというのに。
何か言わなくては、と思うのに。なにか言葉を紡ごうとするのに。口を上手く動かすことができない。
「……あ」
震える口元を抑えながら紡いだ声は、いつも以上にか細く頼りなくて。
混乱して上手く頭が回らず、まるで水面に上がった魚のように口をぱくぱくさせる。何か言わなきゃ。そう思うのに、将軍がこちらに向けてくる甘い微笑みから目が離せない。
心臓が大きく脈打ち、全身に血が巡る様子がやけに鮮明に感じられた。
何故、こんなに将軍から目が離せないのだろうか。
何も言えなくなってしまうのか。
どうしてこんなにも胸が高鳴ってしまうのか。
その答えを見出せず、おかしくなる自分に戸惑うばかり。
何も言えず将軍を見つめ返していると、こちらの様子を窺っていたらしいお父様が「ふむ」と短く呟いた。
将軍の笑みに固まっているこちらに声をかけてくる。
「レスティーゼよ。お前も売国奴クロムウェル親子の罪を暴くのに一役買ったのだったな。お前も何か望みがあるのなら言ってみなさい」
いきなりこの人は何を言い出すのか。そう思うも、これは願ってもない申し出だった。
将軍の求婚は嬉しくはある。けれどそもそも本来私は来世の幸せに向けて修道女になって徳を積むと決めたのだった。今世の幸せはもうとうに諦めている。
そして修道女になる望みを叶えるためにはお父様に直談判しなければならない。
ほれほれ、と手を振って答えを催促してくるお父様に当初から計画していた「望み」を述べる。いきなり望みを尋ねてきたお父様の意図は掴めないが、利用できるものは利用させてもらおう。
「お父様も何か計画していらしたようですが。明確な罪があったとはいえ、私は立派な国事である祝勝の祭典の途中にモースを断罪し、皇帝の命でもあったクロムウェル公との婚約を破棄しようとしました。私は皇族として、皇女としての自覚が些か欠けております。とても今回の振る舞いは皇女として相応しいとは言い難いと、自分でも思うのです」
ここからが重要だ。
一息ついて、鋭く息を吸い込むと言葉を続ける。
「ですから、私は皇都より遠く離れた静かな地で信仰深き者として今一度皇女たることを考え、学び直したく存じます」
言外に「シスターになりたい」と匂わせ、お父様に答える。
言葉はぼやかしたがお父様のことだ、きっと私の意図に気づいているはずだ。
「ふむ……成程な」
お父様は私をしげしげと見つめつつ、何やら思案する。
しばらくうーむ、と唸ったあとうん、と頷いた。どうやら答えがまとまったらしい。
その顔に浮かんでいるのは、イタズラを思いついた子どもがするような意地悪い笑み。
……何かしら。とてつもなく嫌な予感がするわ。
お父様がこの笑みを浮かべた時は大抵ろくなことが無い。
何か悪さをすると相場が決まっているのだ。
嫌な予感に身動ぎしつつ言葉を待っていると。
ニヤニヤした笑みを崩さないまま、お父様は将軍に視線をやる。
「イーゼルベルト将軍よ、ミッドヴェルン辺境伯の位を授けるに際して皇都での待機の任を解き、アイルメリアとの国境沿いの警備を新たに命ずるがよいか?」
「はい、承知しました」
「うむ。しかしそなたにはイーゼルベルト公爵として公爵領を管理する立場でもある。加えて将軍としての役目もあるのだ。人手があるに越したことは無いだろう?」
「はい。それは確かに……。部下は優秀な者ばかりですが、それでも限界はありますので」
「うむ、そうだろうな。そこで、だ」
お父様はそこで言葉を切り、私を見る。
銀青の瞳と目が合って、嫌な予感が確信に変わった。
「レスティーゼ・エル・ヘルゼナイツ第七皇女をミッドヴェルン領復興のための補佐として遣わそうと思う。あそこにはしばらく警戒のため帝国軍も逗留させる予定ゆえ、視察も兼ねて皇族の者を遣わす予定があったから丁度良い。それにレスティーゼは今すぐ求婚の返事を返すことができないようだ。それならば、イーゼルベルト公爵を第七皇女の婚約者『候補』とし、共にミッドヴェルン領を復興するために協力しあえば互いの認識も深まるだろう?」
――とんでもない結論を出しやがった。
確かに辻褄は合ってるけど、合ってるけど!!
皇帝のとんでもない言葉にイーゼルベルト将軍はそれはよい、と乗り気になる。
「それは素晴らしいお考えです陛下。結婚は今後の人生を左右する大事なことです。私も求婚に思いが高揚してレスティーゼ殿下のお気持ちの整理にまで頭が回りませんでした。共に過ごせば私の人となりを知ってもらえますから、レスティーゼ殿下もよくお考えになれるでしょうしね」
流石陛下だ、とうんうんと頷く将軍。大仰に手まで叩いて皇帝を讃える。やけに身振り手振りが大袈裟でわざとらしいのは気の所為だろうか。
この結論でまとまりそうな雰囲気になり、私は焦った。
冗談ではない。私はシスターになりたいのだ。
「お、お待ちください、お父様。私は皇都から離れた地で信仰深き者として慎ましく生きたい、とお願いしたはずです。私の願いはどうなるのですか?」
将軍と私に望みを聞いておいて、将軍の望みは叶えようとするくせに、こちらの望みを無効にしようと言うのか。
そう指摘すれば、お父様はキョトンとした表情を浮かべる。
「何を言っとるんだ、レスティーゼよ。お前の望みもきちんと叶えておるではないか」
「どこがですか!」
全力で突っ込むと、お父様はまたニヤニヤと笑って告げた。
「お前の望みは『遠く離れた地で、信仰深き者として生きたい』だろう? ミッドヴェルン領はここ皇都べルテンより馬車で半月はかかる。『遠く離れた地』だ。それにあそこは地の高位精霊グウェンダルクが古くから住まう地だ。あそこの民は精霊を信仰する古きよき地でもある。『信仰深き者として』生きることもできるだろう?」
「…………」
望みは叶えておるではないか、と図々しく宣う皇帝。
全くもってお父様の言う通りだった。物は言いよう。ぐうの音も出ない。
私は生まれて初めて父親にある種の殺意を抱いた。
「何か反論はあるかの?」
「……いいえ、ありません……」
すごすごと引き下がる。確かに望みは叶えられているのだ。食い下がればこちらの部が悪くなる。
「ふむ、では決定だな」
「……はい」
頭を押さえて項垂れていると、皇帝と将軍が目配せして笑い合っているのが見えた。
私が見ていることに気づくと、二人とも人が悪そうな笑みを浮かべる。
「!!」
不意に閃いた。
やけに意地悪そうな顔をしていたお父様の提案に、大袈裟な仕草をして皇帝の意見に賛同した将軍。
あのわざとらしい動きは、やはり気の所為ではなかったのだ。
二人が二人とも、知らぬ間に手を組んで私を嵌めたのか。
イーゼルベルト将軍は『皇帝の懐刀』と呼ばれるお父様の腹心の部下。あの提案を聞いて、その裏に込められた意図を見抜いたのだ。
お父様は私を手放さないために。将軍は私を手に入れるために。
あのやり取りだけで水面下で手を組み、私を丸め込んだのだ。
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