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10 失踪

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 私の見立てではアレクシスは今頃激怒し、言いつけを破ったを懲らしめようとする。自分に相応しくあることを求めたアレクシスは極度に外聞を気にする傾向があるからだ。

 こんな形で自分の秘された部分を暴露されれば、当然逆上し、報復するために実行手段に出ようとするだろう。
 だから、次は絶対に私自身が標的になる。今頃は死に物狂いで私を捕まえようと画策している頃合いかもしれない。
 言うことを聞かない所有物は、従順になるまで痛めつければいいというわけだ。


「――と、あの男なら考えるでしょうね。なんせ、プライドが服を来て歩いているような方だから」

 部活棟の端一室。
 新聞部の部室にて、私はキャロルの対面に座りながら優雅にお茶を飲む。午前の読書タイムを終えた私は、再び転移を使って人が立ち入らない新聞部の部室ここにお邪魔していた。

 持参したキーネルの茶葉はこの王国にしか生えない特別な茶葉で、独特な香りを苦手とする令嬢も多い。しかし非常に上品な味わいで、根強い人気がある。
 そのキーネルの紅茶をゆっくりと味わいつつ、私は持参したお昼ご飯を食べていた。

「だったら、どうするんだい? あの、このままでは絶対セシルを害そうとするよね?」

 反対側ではキャロルがお昼にと私がお裾分けしたサンドウィッチをもぐもぐと食している。
 ひとつの事に夢中になると寝食を忘れてしまう友人のために用意した差し入れは、お気に召したらしい。

「そうね。正直、ことが起こってから正当防衛でも問題ないと思うのだけれど。今回の件で両親にこれ以上迷惑はかけたくないものね。ただでさえ妹のことで参ってるでしょうに」

 あの『新聞騒動』から三日。
 今や学園中がその話題で持ち切りになっている。社交界でもその噂は瞬く間に広がり、各種ゴシップを取り扱うことで有名な新聞社がこぞって取り上げたくらいだ。

 アレクシスの生家であるティアン侯爵家は今ごろ大変な目にあっているだろう。
 アレクシスが寝取った女は数知れず。中には政界に名を連ねる御仁の名家のご令嬢から、色々と黒い噂の耐えない一族の孫娘など、実に多種多様だった。
 婚約者がいながら、アレクシスに身体を許した令嬢もいるくらいだ。数えあげたらキリがない。

 しかし、それすらも瑣末なこと。手を出してはならない名家に手を出していたことも驚きではあるが、彼はそれ以上に最も重大なミスを既に犯している。

「ティアン侯爵は今頃冷や汗をかきながら、お父様に誠心誠意謝罪をしていることでしょうね。今日、面会を申し入れる先触れの手紙が届いていたもの。無事にすめばいいのだけれど」
「うわ、直接謝罪にいったんだ。凄い勇気! 相手はだよ?」

 卵が入ったサンドウィッチをむしゃむしゃと食べながら、なんとも微妙な顔をするキャロル。
 サンドウィッチの味が微妙だったからではなく、話の流れでした顔であろう、恐らく。
 こほん、と咳払いし気を取り直して話をすすめる。

「本当ならアレクシス様が謝罪すべきところよね。ティアン侯爵は何も悪くないもの。アレクシスは恐らく、知らなかった……知ろうともしてなかったはず」

 我がロアンヌ侯爵家はティアン侯爵家と家格は同じ。だからアレクシス様も特に畏まることなく、私と接していた。けれど貴族としての位は同じでも、その役目が違う。

 ロアンヌ侯爵家の別名は法の番人。王国建国当初より、司法を司り、王に仇なすものを裁く役割を有してきた。法廷の番人。裁きの番人とも呼ばれるらしい。
 誰よりも不正に厳しく、誰よりも王家に忠誠を誓う。国王の信頼も厚く、必要とあらばその手も汚す。
 ロアンヌ家とはそういった一族なのである。

 だから古代魔法を暗黙の了解で禁じているこの国で、私が古代魔法を使えるというわけだ。その必要が来た時に手を下すことも視野に入れて。ロアンヌ家の地下には様々な理由で使うことを禁じられた魔法やその知識を納めた書庫があり、私は早い段階でそこに出入りすることを許されていた。

 当主の許可なく立ち入ることを許されないその場所に、幼少期から入り浸っていた私は、ある意味では異色の存在と言えるかもしれない。
 ロアンヌ家の真の役割を知るものからしてみれば、私はさぞ異質な存在だったろう。

 けれど私からしてみればあの実に厳しい父を全くの別人へと変えてしまった妹の方が恐ろしい。
 寡黙で厳格だった父を瞬く間に蕩けさせ、まさしく親バカと呼ぶにふさわしい姿に変えてしまったのだ。

 あの父を魅了してしまうほどの天真爛漫な性格と、その愛らしさからどんな我儘だって許されてきた妹だが、今回に限ってはその父の溺愛ぶりも及ばなかったらしい。

 妹は父に散々叱られたあと、自粛の意を込めて屋敷から出ることを禁じられ、家庭教師を呼ばれ淑女の何たるかを教えこまされているはずだ。それでもあの父からしてみれば、寛大な処置と言えるかもしれない。

「そう言えば、今回の件でセシルはお咎めなかったの? あのロアンヌ侯爵なら怒ってもおかしくなさそうだけど……」

 キャロルの疑問に私は首を振った。

「いいえ、それどころかむしろ謝罪されたわ」

 今でも驚いている。騒ぎがあった日、その話は父の知るところとなり、学園から帰宅した私はすぐに呼び出された。どうなることかと少しドキドキしながら父の執務室に向かった私は、そこで父に謝罪されたのだ。

 ――お前がこんな目にあっていたとは知らなかった。親でありながら、手のかからない子だから大丈夫だろうと。この縁談を決めたのは私だ。私なりにお前の幸せを考えたつもりだったが、まさかこうなってしまうとは。親として不甲斐ないばかりだ、済まない。

 そう言って父は頭を下げた。その顔は私への思いやりに満ちていて、やはり私は家族から愛されていたのだな、としみじみと実感したものだ。

「――さて。とまぁ、今の所の経過はこんなものよ。表向きアレクシス様は病気で療養のため学園を休んでることになってるらしいわ。私は元々授業を免除されてるから出る必要がない。騒動も今は落ち着いているようだけど、そろそろなにか動きがないとね」

 私とアレクシス様の婚約はまだ白紙には戻っていない。父が激昂したことにより、婚約は解消されることは決まっているが、騒動が落ち着くまで発表を控えることにした。

「まあ、こんな有耶無耶で終わらせる気はないから。そろそろアレクシスが動き出すだろうし――」

 丁度その時、ヒラヒラと新聞部の部室に蝶が迷い込んできた。生気を感じさせない白の蝶はそのまま私の元まで飛んでくる。私が差し出した指に数秒止まった蝶はしばらくして消えてしまった。

「わあっ、古代魔法の使い魔? 初めて見たけどすごいね! 魔力で使い魔を生み出して仮の命を与える守護の魔法の応用だっけ。すごいな、本当に幅広いよ。――で、使い魔はなんて報告してきたの?」

 メガネの奥からキラキラと目を輝かせたキャロルの怒涛の言葉責めに若干引き気味になりながらも、説明する。

「アレクシスがティアン侯爵家から消えたらしいわ。謹慎を言い渡されて、魔法で封印された部屋にいたはずなのに、封印の魔法が破壊されて、痕跡も残さず姿を消したと。今、使用人が探しているらしいのだけど見つからないんですって」
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