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6 醜聞

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 そうしてグレンフォードとの不思議な会話から一週間が経過したその日。
 学園だけでは飽き足らず社交界ではある噂で持ち切りになっていた。

 それはアレトラス学園の新聞部が第二三〇号の定期新聞にて一面に取り上げた話題が原因だった。見出しは記事の三分の一を埋め、誰が見ても一番目に飛び込みやすい位置に据えられ、否応がなく誰もがこの件を知ることになった。



『社交界の貴公子、淫らな醜聞!

 社交界でもその甘いマスクと煌びやかな印象で令嬢を虜にして止まないアレクシス・ティアン侯爵子息。誰もが知るほど有名な彼であるが、その煌びやかな日常は交友関係だけに留まらず、女関係にまで及んでいた。

 そんな社交界の令嬢の憧れの的でもあった彼は、数年前婚約を発表し、世の令嬢を嘆かせたことは記憶に新しい。
 彼を射止めた幸運なお相手はセシルウィア・ロアンヌ侯爵令嬢。滅多に感情を現さない鉄壁の無表情とその発するミステリアスな印象から物言わぬ人形と例えられることもある彼女は、その印象を払拭するために社交界で活動を始めたことは意外だった。

 愛する彼のため。一生懸命彼女なりに尽くして涙ぐましい努力を続けていた彼女だが、ある夜、彼女は真実を知ってしまう。

 夜な夜な響く男女の甘い声。その声に聞き覚えがあった彼女は、その禁断の扉を開いてしまった。
 そして見てしまったのだ。婚約者が自分以外の女と関係を持っていたという徹底的な場面を。

 以下は彼女の口から語られた真実の出来事である――』

 学園の図書館の掲示板に張り出された記事を読み、私は息を吐いた。

「全くもって見事な記事だわ。多少私について脚色されてるのはアレだけれど、さすがはキャロルね。これなら誰もが目にすることになるでしょう」

 お陰様でこんなことで古代魔法のひとつを使うことになってしまった。
 何せ校門は人だかり。誰もがこの記事の真実を求めて本人に直接話を聞きたいと集まっていたのだから。

 そのせいで途中で馬車を降り、人気のない路地裏に回ってから古代魔法のひとつ『転移』を使ってこの図書館に移動してきたくらいなのだ。

「まぁ、こんな記事見たら無理もないわよね」

 社交界に関わるようになってから分かったが、優美で煌びやかなだけがあの世界ではない。
 それはただの表向きで水面下では互いの利益をかけた醜い争いが起きているものだ。

 一見優しそうに見えるひとも、腹の中では何を抱えているか分からない。だから表向きは優雅に談笑して、お互いの腹の中を探り合う。
 それが醜くも美しいあの世界なのだと私は思っている。

 特に令嬢や貴婦人は話題に常に飢えている。そんなことだから一度話題エサとなる醜聞が流れたりすれば飛びつくのは当然。

「アレクシスは怒るでしょうね」

 プライドの塊のような男だ。私に自分に相応しくあることを求めながら、彼自身はその美貌以外に何一つ突出したものがない。
 ただその容貌と、古くからある名家であるティアン家の名を傘にきて社交界を騒がせているだけの存在。

 恋という夢から覚めて見れば本当に取るに足らない存在だ。なぜ私は彼に夢中になっていたのだろう。今振り返っても馬鹿らしく思える。

 思いもよらぬ反撃を受けて、彼は今頃難儀していることだろう。真実を求めて訪ねてくる人だかりに囲まれた彼を想像すると、少しだけ、ほんの少しだけ溜飲が下がった。

「とにかく、しばらくは当事者は出てこない方が良さそうね」

 幸い学園の授業の内容は全て履修済みのものだ。教師から特別なテストを受けて合格を貰い、授業への出席を免除されている。それでも毎日顔を出していたのは、学園に通う彼に合わせていたまでのこと。

 その必要もない今、私は自分のしたいことに打ち込める。なんという自由。彼を見限ってよかった。
 清々とした気持ちに包まれながら、私はとりあえず午前中は大人しくしようと、手近な本を持ってお気に入りの席に向かうのだった。
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