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5 約束
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古代魔法。
今このヴァンハード王国で使われている魔法とは一線を画すはるか古代に編み出された魔法。
高い魔力を持ち、尚且つ素養があるものでなければ扱えず、その性質故に行使できるものは限られる。
強力な破壊魔法と、相反する守護の魔法から成る古代魔法は、その強大さから暗黙の了解で使うことを禁じられている。
小さい頃に偶然書物で読んだことから、私は密かに古代魔法が使えるようになった。両親に放置され、孤独の時間を埋めるためにロアンヌ家の地下に隠された書庫を読みまくった賜物とも言える。
普通に生活する分には今の魔法で事足りるから、人前ではまず滅多に見せたことはない。
――否。一度だけ使ったことがある。
でもあれは、仕方の無いことだったし、第一グレンフォードが知るわけがない。
故に、私はあくまで上品な笑顔を浮かべてしらばっくれる。
「どこで仕入れた情報が知りませんけれど、私は古代魔法など存じ上げませんわ」
私が古代魔法の使い手と知っているのはキャロルだけ。
彼女は私の古代魔法に興味を持ち、外に情報を漏らさないことを条件に、密着取材を許可したのはつい先程の話である。契約事を遵守する彼女がそんなことをまず漏らすはずがない。
僅かに顔が強ばってしまったが、何とか優美で上品な笑顔に見せていることができているはずだ。
苦手でも社交界に出た甲斐があった。愛想笑いで誤魔化すことはあの世界を生き抜くためには必要な技術。人生何が役に立つか案外分からないものだ。
にこにこと、笑顔を浮かべること数分。
グレンフォードは尚も何かを言いかけていたが、私の無言の圧力についには屈したように肩を落とした。
「すまない。俺の勘違いだったようだ」
「ええ、誤解が解けて何よりですわ。では今度こそ、失礼致します」
もう一度頭を下げて踵を返す。
どこで何を聞いたか知らないが、私が古代魔法を使えるなど誰が広めたのだろう。キャロルもそういう噂を聞いた、と言っていた。
どうせアレクシスと婚約した逆恨みで誰かが意図的に私を貶めるために広めた根も葉もない噂だろう。
古代魔法を使う者は忌み嫌われる。強大な力とそれを象徴する強力な破壊魔法はそれだけ危険なものだからだ。
「……セシルウィア嬢は、ここをよく利用するのか?」
今度こそ、そそくさと立ち去ろうとする私にまたもグレンフォードが話しかけてくる。
振り向けば、珍しく緊張した面持ちの彼。一体なんだというのだろう。未だかつて彼がこんなに話す場面を見たことがない。
「ええ、ここは人が寄り付かない静かな場所ですので読書に最適なんです」
「そうか。確かにここは静かでいい場所だな。昼寝に最適だ。時々任務をサボってはここに来るんだ」
『黒狼』と呼ばれる彼の意外な一面に、私は目を丸くした。寡黙な騎士である彼は任務に忠実とばかり思っていた。
「昼寝って……ここは本を読む場所ですよ。それに任務って、ストュアート殿下の警護のことですよね。そんな大事な仕事をサボってどうするんです?」
思わずくすくすと笑ってしまった私に今度はグレンフォードが目を丸くする。
「驚いたな。君でも、笑うことがあるのか」
物言わぬ人形と揶揄される私だが、感情がない訳では無い。楽しいと思った時は笑うし、嬉しいと思ったら微笑んでしまうし――悲しくなったら心から泣く。
ただ、それが人より表面に出にくいだけだ。
それにしても今の笑いは自然に出たと自分でも思う。
普段はこれくらいのことでは笑うはずないのに。自分でも不思議だ。『黒狼』の意外な一面を知ってしまったせいだろうか。
「そうですね。私もなぜ笑ってしまったのか、よく分かりません」
「そうか……」
話題がなくなり、会話が途切れる。
場が沈黙を支配するが、不思議と居心地の悪さを感じなかった。人を寄せつけない雰囲気を持つ彼だが、話してみると結構話しやすい人物だとわかった。
こんな感じでポツポツと談笑を続けている間に昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。
「あ、終わってしまいましたね」
「すまない。折角本を読みに来たはずなのに邪魔をしてしまったな」
「いいえ。たまには人と話すのも楽しいものですから」
「そうか」
口数は決して多くは無いけれど、むしろそれが心地よくすら感じる。いつの間にか、彼の声を聞いて身体が震えることもなくなっていた。
「それじゃあ、君は授業に戻るといい。私は、面倒くさいが、警護の任に戻る」
如何にも心の底から面倒くさそうな顔をしたグレンフォードが可笑しくて、私はまた笑ってしまった。
「そんなことを言ってはいけませんよ。殿下が可哀想です」
「仕方ない。君がそう言うなら戻ろう」
重そうな腰をあげたグレンフォードは、去り際最後に一度こちらを振り返る。
「また、ここに来てもいいだろうか」
その問いに私は是と応えた。
「では、また来る」
そう言って彼はスタスタと去っていく。最後まで飄々としたその様子に、私はいつの間にか次に彼に会う日を心待ちにしていた。
今このヴァンハード王国で使われている魔法とは一線を画すはるか古代に編み出された魔法。
高い魔力を持ち、尚且つ素養があるものでなければ扱えず、その性質故に行使できるものは限られる。
強力な破壊魔法と、相反する守護の魔法から成る古代魔法は、その強大さから暗黙の了解で使うことを禁じられている。
小さい頃に偶然書物で読んだことから、私は密かに古代魔法が使えるようになった。両親に放置され、孤独の時間を埋めるためにロアンヌ家の地下に隠された書庫を読みまくった賜物とも言える。
普通に生活する分には今の魔法で事足りるから、人前ではまず滅多に見せたことはない。
――否。一度だけ使ったことがある。
でもあれは、仕方の無いことだったし、第一グレンフォードが知るわけがない。
故に、私はあくまで上品な笑顔を浮かべてしらばっくれる。
「どこで仕入れた情報が知りませんけれど、私は古代魔法など存じ上げませんわ」
私が古代魔法の使い手と知っているのはキャロルだけ。
彼女は私の古代魔法に興味を持ち、外に情報を漏らさないことを条件に、密着取材を許可したのはつい先程の話である。契約事を遵守する彼女がそんなことをまず漏らすはずがない。
僅かに顔が強ばってしまったが、何とか優美で上品な笑顔に見せていることができているはずだ。
苦手でも社交界に出た甲斐があった。愛想笑いで誤魔化すことはあの世界を生き抜くためには必要な技術。人生何が役に立つか案外分からないものだ。
にこにこと、笑顔を浮かべること数分。
グレンフォードは尚も何かを言いかけていたが、私の無言の圧力についには屈したように肩を落とした。
「すまない。俺の勘違いだったようだ」
「ええ、誤解が解けて何よりですわ。では今度こそ、失礼致します」
もう一度頭を下げて踵を返す。
どこで何を聞いたか知らないが、私が古代魔法を使えるなど誰が広めたのだろう。キャロルもそういう噂を聞いた、と言っていた。
どうせアレクシスと婚約した逆恨みで誰かが意図的に私を貶めるために広めた根も葉もない噂だろう。
古代魔法を使う者は忌み嫌われる。強大な力とそれを象徴する強力な破壊魔法はそれだけ危険なものだからだ。
「……セシルウィア嬢は、ここをよく利用するのか?」
今度こそ、そそくさと立ち去ろうとする私にまたもグレンフォードが話しかけてくる。
振り向けば、珍しく緊張した面持ちの彼。一体なんだというのだろう。未だかつて彼がこんなに話す場面を見たことがない。
「ええ、ここは人が寄り付かない静かな場所ですので読書に最適なんです」
「そうか。確かにここは静かでいい場所だな。昼寝に最適だ。時々任務をサボってはここに来るんだ」
『黒狼』と呼ばれる彼の意外な一面に、私は目を丸くした。寡黙な騎士である彼は任務に忠実とばかり思っていた。
「昼寝って……ここは本を読む場所ですよ。それに任務って、ストュアート殿下の警護のことですよね。そんな大事な仕事をサボってどうするんです?」
思わずくすくすと笑ってしまった私に今度はグレンフォードが目を丸くする。
「驚いたな。君でも、笑うことがあるのか」
物言わぬ人形と揶揄される私だが、感情がない訳では無い。楽しいと思った時は笑うし、嬉しいと思ったら微笑んでしまうし――悲しくなったら心から泣く。
ただ、それが人より表面に出にくいだけだ。
それにしても今の笑いは自然に出たと自分でも思う。
普段はこれくらいのことでは笑うはずないのに。自分でも不思議だ。『黒狼』の意外な一面を知ってしまったせいだろうか。
「そうですね。私もなぜ笑ってしまったのか、よく分かりません」
「そうか……」
話題がなくなり、会話が途切れる。
場が沈黙を支配するが、不思議と居心地の悪さを感じなかった。人を寄せつけない雰囲気を持つ彼だが、話してみると結構話しやすい人物だとわかった。
こんな感じでポツポツと談笑を続けている間に昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。
「あ、終わってしまいましたね」
「すまない。折角本を読みに来たはずなのに邪魔をしてしまったな」
「いいえ。たまには人と話すのも楽しいものですから」
「そうか」
口数は決して多くは無いけれど、むしろそれが心地よくすら感じる。いつの間にか、彼の声を聞いて身体が震えることもなくなっていた。
「それじゃあ、君は授業に戻るといい。私は、面倒くさいが、警護の任に戻る」
如何にも心の底から面倒くさそうな顔をしたグレンフォードが可笑しくて、私はまた笑ってしまった。
「そんなことを言ってはいけませんよ。殿下が可哀想です」
「仕方ない。君がそう言うなら戻ろう」
重そうな腰をあげたグレンフォードは、去り際最後に一度こちらを振り返る。
「また、ここに来てもいいだろうか」
その問いに私は是と応えた。
「では、また来る」
そう言って彼はスタスタと去っていく。最後まで飄々としたその様子に、私はいつの間にか次に彼に会う日を心待ちにしていた。
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