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4 出会い
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キャロルと別れたあと、私は学園の図書館に足を運んでいた。図書館は少し特殊な場所にある。庭園を挟んだ対面にある別棟。その棟そのものが図書館であり、廊下から経由しなければならない不便さがあるが、学生の元気な声が届かない静かな場所は、まさに本を読むのに適した場所と言えた。
廊下から図書館へ入った私は日除けのために被っていた帽子を取ると、いつも座るお気に入りの席へと足を運ぶ。西日が差し込む二つ角を曲がった先にある小さな読書机。
一人しか座れないポツリと並んだ席が、私のお気に入りだった。
本が日焼けしないよう窓にはカーテンがされ、魔法で作られた灯火が時折ジジっと揺らぐ。
学園の端に置かれたこの図書館は、その通行の不便さゆえか立ち入る人は少ない。
あまりの不便さにクレームが出て、学園の本棟に小さな図書室が作られ、学生は普通そちらを利用するからだ。
つまりわざわざ面倒くさい経由をしてまでこちらの図書館に来る者は変わり者か世の喧騒を嫌う孤高のものか――私のような一人を好む者くらいだ。
「あ……」
しかし、今日は私の他に先客がいた。
私が個人的にお気に入りにしている席に、人影があったのである。
私の漏らした呟きが聞こえたのか、先客が顔を上げる。開けられたカーテンから差し込む逆光が眩しくて、目を細めた。
「……セシルウィア・ロアンヌか」
地を這うような低い声。私は思わずビクリと震えた。
声に聞き覚えがある人物だった。いや、この人物を知らない人はまずいない。
サラサラと流れる黒い髪に、鋭い青の双眸が、真っ直ぐに私を見ていた。
「グレンフォード・ルイガン様……」
グレンフォード・ルイガン。社交界に知らぬものはいない、アレクシス・ティアンに続く令嬢の憧れの存在。
金髪を持ち明るく振る舞うアレクシスを『光』とするなら、グレンフォードはまさしく『闇』と呼ぶべき人物だった。
寡黙で無愛想。何を考えているか分からない無表情と、吊り上がった鋭い瞳は見るものを畏怖させる。彼が歩けば誰もが彼を避けて通るほど。
その外見と性格から『黒狼』と呼ばれていた。
どことなく自分と雰囲気が似ている彼のことが私は苦手だった。一種の同族嫌悪と言うやつかもしれない。
というか、何故彼がここに。
冴え渡る剣の使い手である彼は、普段は騎士をしており、滅多に学園に来ることはない。
ルイガン公爵家の一人息子である彼は、学生でありながら現役の近衛騎士でもあった。
茫然と彼を見ていた私はしばらくして我に返るとすぐに頭を下げた。ロアンヌ家は位こそ侯爵だが、家格はグレンフォードの方が上。挨拶もせず見つめるなど、失礼にも程がある。
「グレンフォード様、いらっしゃるとは知らず、申し訳ございません。お邪魔してしまいました。すぐに立ち去りますのでどうぞお気になさらず」
そそくさと挨拶だけして、足早に踵を返す。お気に入りの席で読書できないのは残念だが、幸いここは人が滅多に立ち寄らない場所。空いてる席はいくらでもある。
それでは失礼します、とだけ告げて立ち去ろうとした私に「待て」と声がかけられる。
その声の主は立ち去ろうとした方向からだった。
再びビクリと私の肩が震えた。グレンフォードと私はなんの面識もない。呼び止められる理由など思いつかず、戸惑う私にあろうことか席を立ったグレンフォードが近づいてきた。
――え、何。なんなの?
「えっと、あの、だな」
パニックになりかける私に、グレンフォードは珍しく逡巡したような様子を見せると、遠慮がちに声をかけてきた。彼にしては珍しい姿である。何か言いあぐねているような様子に私はぱちくりと瞬きした。
グレンフォードは尚も言い募るような言動をしたあと、覚悟を決めた表情をして、私に話しかけてきた。
「お前が、『古代魔法』の使い手であると聞いたが、それは本当か?」
古代魔法の使い手。
その文言に私は目を見開いた。
なぜそのことを彼が知っているのだろう。
廊下から図書館へ入った私は日除けのために被っていた帽子を取ると、いつも座るお気に入りの席へと足を運ぶ。西日が差し込む二つ角を曲がった先にある小さな読書机。
一人しか座れないポツリと並んだ席が、私のお気に入りだった。
本が日焼けしないよう窓にはカーテンがされ、魔法で作られた灯火が時折ジジっと揺らぐ。
学園の端に置かれたこの図書館は、その通行の不便さゆえか立ち入る人は少ない。
あまりの不便さにクレームが出て、学園の本棟に小さな図書室が作られ、学生は普通そちらを利用するからだ。
つまりわざわざ面倒くさい経由をしてまでこちらの図書館に来る者は変わり者か世の喧騒を嫌う孤高のものか――私のような一人を好む者くらいだ。
「あ……」
しかし、今日は私の他に先客がいた。
私が個人的にお気に入りにしている席に、人影があったのである。
私の漏らした呟きが聞こえたのか、先客が顔を上げる。開けられたカーテンから差し込む逆光が眩しくて、目を細めた。
「……セシルウィア・ロアンヌか」
地を這うような低い声。私は思わずビクリと震えた。
声に聞き覚えがある人物だった。いや、この人物を知らない人はまずいない。
サラサラと流れる黒い髪に、鋭い青の双眸が、真っ直ぐに私を見ていた。
「グレンフォード・ルイガン様……」
グレンフォード・ルイガン。社交界に知らぬものはいない、アレクシス・ティアンに続く令嬢の憧れの存在。
金髪を持ち明るく振る舞うアレクシスを『光』とするなら、グレンフォードはまさしく『闇』と呼ぶべき人物だった。
寡黙で無愛想。何を考えているか分からない無表情と、吊り上がった鋭い瞳は見るものを畏怖させる。彼が歩けば誰もが彼を避けて通るほど。
その外見と性格から『黒狼』と呼ばれていた。
どことなく自分と雰囲気が似ている彼のことが私は苦手だった。一種の同族嫌悪と言うやつかもしれない。
というか、何故彼がここに。
冴え渡る剣の使い手である彼は、普段は騎士をしており、滅多に学園に来ることはない。
ルイガン公爵家の一人息子である彼は、学生でありながら現役の近衛騎士でもあった。
茫然と彼を見ていた私はしばらくして我に返るとすぐに頭を下げた。ロアンヌ家は位こそ侯爵だが、家格はグレンフォードの方が上。挨拶もせず見つめるなど、失礼にも程がある。
「グレンフォード様、いらっしゃるとは知らず、申し訳ございません。お邪魔してしまいました。すぐに立ち去りますのでどうぞお気になさらず」
そそくさと挨拶だけして、足早に踵を返す。お気に入りの席で読書できないのは残念だが、幸いここは人が滅多に立ち寄らない場所。空いてる席はいくらでもある。
それでは失礼します、とだけ告げて立ち去ろうとした私に「待て」と声がかけられる。
その声の主は立ち去ろうとした方向からだった。
再びビクリと私の肩が震えた。グレンフォードと私はなんの面識もない。呼び止められる理由など思いつかず、戸惑う私にあろうことか席を立ったグレンフォードが近づいてきた。
――え、何。なんなの?
「えっと、あの、だな」
パニックになりかける私に、グレンフォードは珍しく逡巡したような様子を見せると、遠慮がちに声をかけてきた。彼にしては珍しい姿である。何か言いあぐねているような様子に私はぱちくりと瞬きした。
グレンフォードは尚も言い募るような言動をしたあと、覚悟を決めた表情をして、私に話しかけてきた。
「お前が、『古代魔法』の使い手であると聞いたが、それは本当か?」
古代魔法の使い手。
その文言に私は目を見開いた。
なぜそのことを彼が知っているのだろう。
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