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2 決意

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 ――セシルウィア・ロアンヌは生まれてこの方、笑ったことがない。

 表情が滅多に動かない。その上、灰のような銀髪に、夜を連想させる紫の瞳は不気味だと恐れられた。
 物言わぬ人形のようだと、誰かが私に言った。

 両親はそんな私を気味悪がり、後に生まれた天使のような美貌の妹ばかりを構うようになったのは仕方のないことかもしれない。

 幸い私は手のかからない子どもだった。一度教えられればある程度のことはすぐにできたし、身体を動かしたり本を読んだりするのは苦ではなかった。
 一人で過ごすことが苦ではなかったのだ。
 それがまた私を孤独へと加速させ、私を両親から遠ざけた。

 物言わぬ人形と例えられ、何を考えているのか分からないと表情を滅多に現さない私とは裏腹に、妹はころころと表情を変えた。

 怒っているかと思えば次の瞬間には笑い、嬉しそうな笑顔を浮かべる。それは見るもの全てを魅了し、庇護欲をそそらせるものだった。

 私から見ても妹クリスティアナは愛らしい子だった。金髪は陽の光を受けるとキラキラ輝き、美貌の母譲りの丸く大きい翡翠の瞳は誰かを虜にせずにはいられない不思議な魅力に満ちていた。

 両親が妹ばかりに構うようになったのは仕方の無いことだと今振り返ればそう思う。

 しかし、両親は決して私のことを愛していないわけではなかったと思う。
 誕生日には私が欲しいものを用意してくれて、一緒に祝ってくれたし、縁談についても私がアレクシス様を慕っていると知って、ティアン侯爵家に打診してくれた。

 ずっと憧れだったアレクシス様が婚約を了承してくれた時は、やっぱり顔には出なかったが昇天する心地だったものだ。

 しかし。その初対面の日。
 私は彼に興味無さそうに目を向けるとこう言った。

「――君は、つまらない女だな」

 愛想もない。社交界の流行りも知らなければ、一緒に語り合える友人もいない。
 二人でいても話題を振れない私に、アレクシス様は心底失望したというように溜め息を着いた。

「生憎僕は引く手あまただ。僕の婚約者を名乗りたいなら、相応しくなってもらわないといけない。分かるかい?」

 アレクシス様はその美貌で社交界でも人気の存在。
 婚約者になりたいと願う令嬢は山ほどいるだろう。どうしても彼と結婚したかった私は、その日から努力を始めた。

 一人でいることを避け、ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、令嬢たちの話に必死に着いていった。
 容姿にも気を使うようになり、流行りを取り入れた化粧とドレスで着飾るよう心がけた。

 愛想笑いを振りまき、社交界での立ち位置を確立する。かと言って勉学も疎かにしてはならない。彼に相応しくあるために成績は常に上位をキープした。

 一人が好きな私にとって、常に誰かと行動を共にすることは苦痛でもあった。
 けれど、全てはアレクシス様のため。彼に相応しいといえる婚約者になるために、私はひたすら努力した。


 しかし。
 それすら無意味だったのか。

 生まれた時から全てを持っていた妹。
 美しい器量も、明るい性格も、誰もが妹に魅了され、彼女の元に集った。

 アレクシス様も、結局は妹を選んだ。
 私の努力はなんだったのだろう。私は今までなんのために努力をしたんだろう。
 全てが無意味に思えて仕方なかった。

 無気力にベッドに身体を横たえる。
 一日泣いて、涙はすでに枯れ果てた。
 もう何もする気力すら湧かない。

 だと言うのに頭に浮かぶのは昨夜見た事実。どうにかなってしまいそうだった。
 そうして長い長い葛藤の末、私はひとつの結論に至った。

「もう、全てやめてしまおう」

 そうだ。私は今まで散々努力した。
 貴方に相応しく、振り向いて貰えるよう。もう二度と「つまらない女」だと言われないよう。
 それすら無意味だと昨日知った。
 ならば投げ出した方が。やめてしまっても何も問題無いはずだ。

「もう、夢を見るのはやめたわ」

 そうよ。そうじゃない。
 冷静に考えればアレクシス様は私という婚約者がいながら妹に手を出した不届き者。
 それを私が弾劾したとして、誰が私を止められるだろうか。

 もう散々我慢した。
 そろそろ私は「私」らしく振舞っても許されるはずだ。

「見てなさい、

 もう私は貴方に従順な、物言わぬ人形ではない。
 身から出た錆とはよく言ったもの。
 私が私らしさを奪われた時間の分だけ、貴方の物を奪い尽くしてやる。

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