1 / 4
第一章:婚約破棄の告知と王子の裏切り
しおりを挟む王国の聖女として広く知られるアイシス・ランベールは、穏やかで温かみのある人柄と、その透き通るような美しさから、老若男女問わず民衆に愛されていた。彼女は幼い頃から特別な癒しの力を持っており、それゆえに聖女として王国から大切にされ、民衆の祈りと信仰の対象となっていたのだ。
しかし、そんなアイシスにも一人の女性としての夢があった。それは、王子であるアラン・フリードリッヒとの結婚だ。王子とは幼少期からの知り合いであり、数年前には正式に婚約を交わし、王妃としての学びを受けながら共に未来を誓い合ってきた。王子の隣で支えとなり、王国のために尽くす――それがアイシスの理想であり、日々の努力の原動力でもあった。
だが、その未来が脆くも崩れ去る日が訪れる。
ある晴れた日の午後、王宮からの呼び出しを受けたアイシスは、少しも疑いを抱かずに大広間へと足を運んだ。整えられた髪と純白のドレスが彼女の清らかさを引き立て、宮廷の貴族たちもその姿に目を奪われていた。しかし、彼らの視線の奥には不穏なものが感じられる。広間に到着すると、王子の他に、王や側近たちも揃い、異様な雰囲気が漂っていた。
「アイシス、君に重要な話がある」
王子アランの冷ややかな声が広間に響き渡る。いつもなら彼女に向けられるはずの微笑みは消え、代わりに冷淡な表情が浮かんでいた。その様子に不安を感じながらも、アイシスは静かに応えた。
「はい、アラン様。何か私に至らぬところがございましたか?」
王子は視線を逸らし、ため息をついて言葉を続ける。
「君との婚約を破棄することを決めた。理由は、他にふさわしい相手が見つかったからだ」
アイシスは、まるで時間が止まったかのように感じた。言葉が一瞬頭に入らず、ただ王子の言葉を反芻する。婚約…破棄?それも、他にふさわしい相手が見つかったから?
彼女の胸に込み上げる怒りや悲しみを必死に抑えながら、アイシスは問いかけた。
「…どういうことでしょうか。私が王妃として足りない部分があったのでしょうか?」
アランは冷たく首を振り、「君は確かに聖女として優れているが、それ以上の力を持つ者がいる」と言った。その「ふさわしい相手」とは、隣国の王女であり、莫大な魔力と家柄を備えた、強大な影響力を持つ女性だったのだ。王国の政略結婚により国力を増強するため、アイシスとの婚約は「不要」だと判断されたのである。
彼女の心の奥底で燃え上がる怒りを感じつつも、アイシスはその場で涙を流すことなく、静かに立ち尽くした。王子が本当に求めていたのは愛や誓いではなく、ただの権力や影響力だったのだろうか。アイシスにとって、それは彼との関係が虚構であったことを知らされたような痛みだった。
周囲の貴族たちも冷ややかな視線を彼女に向け、噂話を交わし始めている。これまでの聖女としての地位が、一瞬で崩れ去っていくような感覚に襲われたが、アイシスはそれを表に出さず、静かに王子の言葉に応じた。
「…わかりました。私にできることは何もないのですね」
アランは冷やかに頷く。「そうだ、君はもう必要ない。自らの立場をわきまえて、潔く去ることだ」
アイシスはゆっくりと頭を下げ、広間を後にした。その背中に何人かの視線が突き刺さるのを感じたが、決して振り返ることはなかった。彼女の心には、怒りと悔しさ、そして裏切られた哀しみが渦巻いていた。
王宮を出た彼女は、王都の風景を眺めながら、自らに問いかける。
「私は一体、何のためにここにいたのだろう…」
自らを支えてきた信念が揺らぐ中、彼女はふと民の姿を見つめる。自分を支え、信じてくれる民衆がいる。そうだ、彼らのために自分が何をできるか、それこそが今考えるべきことだと彼女は決意を新たにした。
アイシスはその日の夜、王都を出て旅に出ることを決めた。彼女は自分の力がどれほどのものかを知り、もっと強くなるために必要な修行をすることを心に誓った。そして、いつかこの国が再び彼女を必要とする日が来たなら、冷たく去った王子や彼を取り巻く者たちに「ざまあ」を見せると心に決め、王都を後にしたのだった。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
私が大人しいのを良い事に浮気しまくっていた婚約者は、誰からも見放されてしまいました。
coco
恋愛
「お前は大人しいから、婚約破棄などできないだろう?」
そう言って、浮気しまくる婚約者。
でもそんな事を繰り返す内に、彼は誰からも見放され…ついに─。
私を捨ててまで王子が妃にしたかった平民女は…彼の理想とは、全然違っていたようです。
coco
恋愛
私が居ながら、平民の女と恋に落ちた王子。
王子は私に一方的に婚約破棄を告げ、彼女を城に迎え入れてしまい…?
ご自分の病気が治ったら私は用無しですか…邪魔者となった私は、姿を消す事にします。
coco
恋愛
病気の婚約者の看病を、必死にしていた私。
ところが…病気が治った途端、彼は私を捨てた。
そして彼は、美しい愛人と結ばれるつもりだったが…?
この家を潰す気かと婚約者に捨てられました、妹のように愛想が無い私は用済みだそうです。
coco
恋愛
事業が好調な彼の婚約者となった私。
でも私の態度が気に喰わない彼から、この家を潰す気かと婚約破棄されました。
そんな彼は、私と正反対の愛想がある妹を後釜に迎えたようで…?
契約期間終了なので婚約破棄です、契約の更新はありませんよ?
coco
恋愛
「婚約破棄とは、どうしてだ!」
あなたとの婚約は、契約です。
期間が終了すれば、関係は解消よ。
契約の更新がしたい?
そんなものありませんよ、なぜなら─。
婚約者の元恋人が復縁を望んでいるので、婚約破棄してお返しします。
coco
恋愛
「彼を返して!」
婚約者の元恋人は、復縁を望んでいる様だ。
彼も、まんざらではないらしい。
そういうことなら、婚約破棄してお返ししますね。
でも、後から要らないと言うのは無しですから。
あなたは、どんな彼でも愛せるんでしょ─?
婚約破棄する王太子になる前にどうにかしろよ
みやび
恋愛
ヤバいことをするのはそれなりの理由があるよねっていう話。
婚約破棄ってしちゃダメって習わなかったんですか?
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/123874683
ドアマットヒロインって貴族令嬢としては無能だよね
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/988874791
と何となく世界観が一緒です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる