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第一章:裏切りと追放

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侯爵令嬢フィオナ・グレイアムは、目の前に広がる景色を静かに見つめていた。彼女が育った豪奢な屋敷、その中庭に咲く美しい花々、遠くには緑豊かな丘陵地が続いている。しかし、今日この景色を最後に、彼女は二度と戻ることができないかもしれない。この場所が彼女にとってもう何の意味もないものになるだろうとは、わずか数日前には想像もできなかった。

「フィオナ、聞こえているのか?」

強い口調で彼女の名を呼ぶ声に、フィオナは静かに目を閉じ、心の中でため息をついた。声の主は王太子レオナルド・アーゼン。彼はかつての婚約者であり、今日この場で婚約を破棄するためにわざわざ彼女を呼び出したのだ。もちろん、これほど無礼で公然とした形で婚約を破棄することが彼の名誉にどう影響するか、彼は考えていない。いや、考えるまでもなく、彼の自信がそれを覆い隠している。

「ええ、聞こえていますわ、殿下」

フィオナはゆっくりと振り返り、冷静に答えた。その美しい顔には一切の感情が浮かんでいない。まるでこの場の一切が、自分に関係のない事柄のように振る舞っているかのようだった。

「私はあなたとの婚約を破棄する。そして、新しい婚約者であるセリーヌ・リーヴェルト嬢を迎える。これは王家にとって最良の選択だ」

レオナルドはそう言い放ち、彼の隣に立つセリーヌをちらりと見やった。彼女は勝ち誇った表情を浮かべ、フィオナを見下すように微笑んでいる。その様子はまるで、長年積み上げてきたフィオナの誇りと名誉を踏みにじることを楽しんでいるかのようだ。

フィオナはその光景に何も感じなかった。むしろ、内心でほくそ笑んでいた。彼らがここまで露骨に自らの愚かさをさらけ出すことが、彼女にとっては好都合だったからだ。

「そうですか、それが殿下の決定なのですね」

彼女の言葉には何の怒りも混じっていない。まるで婚約破棄が自分にとって取るに足らない出来事であるかのように。レオナルドはその冷静さに苛立ちを覚えたが、フィオナの態度を貴族らしい威厳の一つだと解釈し、無視することにした。

「そうだ。お前の家も、お前自身も、これ以上この国にとって必要ではない。今後、グレイアム家は我が王家からの支持を失うことになるだろう。それを覚悟しておけ」

レオナルドの言葉に、フィオナの父親であるグレイアム侯爵はただうなだれるばかりだった。父親は王家の圧力に屈し、フィオナをかばうことすらできなかった。それはフィオナにとって何の驚きもなかった。彼女はずっと前から、家族の中で自分が愛されていないことを知っていたからだ。

「これでおしまいね。フィオナ、あなたの時代は終わったわ」

セリーヌの勝ち誇った言葉がフィオナの耳に届いた。しかし、フィオナはその言葉に反応せず、ただ彼女の前を歩み去ろうとした。

「……そのようですね」

そうつぶやくと、フィオナはその場から立ち去った。冷たい空気が彼女の周りを包み込むように吹き抜けたが、フィオナの心はその寒さを感じなかった。彼女の胸にあるのは、ただ一つの決意だけだった。

「ありがとう、レオナルド殿下。これで本気であなたたちを社会的に抹殺できるわ。」

フィオナの瞳は暗闇の中で鋭く光っていた。


---

追放され、フィオナは自分の家からも遠ざけられた。家族からも見捨てられ、彼女が向かうべき場所は何もなかった。しかし、彼女は絶望することなく、自分がこれから何をすべきかを冷静に計画し始めた。

まず、彼女にはまだ隠された資産がある。それはかつて王家のために働く過程で手に入れたものであり、誰もその存在を知らない。これを元手に、彼女は新たな地で一から立ち上がる準備を始めた。また、フィオナは王太子や貴族たちの弱みを握っていた。彼らの隠された秘密や、王国内の腐敗の実態を知ることで、彼女は逆襲の道筋を立てていた。

追放の地で、フィオナは偶然にもカイルという謎の男と出会う。彼は裏社会の有力者であり、かつてフィオナが密かに支援していた人物であった。カイルはフィオナの復讐心を感じ取り、彼女に協力を申し出る。カイルの力を借りれば、王太子や貴族たちを社会的に失脚させることは容易だ。フィオナはその申し出を受け入れ、二人は共に復讐の計画を練り始めた。

「私に残されたものは復讐だけよ。全てを奪ったあの者たちを、決して許さない」

フィオナの言葉には冷たく固い決意が込められていた。彼女はもはやかつての弱く、無力な侯爵令嬢ではない。今や、冷徹な策略家としての顔を持つ復讐者となった。フィオナ・グレイアムは、その美しい仮面の裏に、鋭い爪を隠していた。

そして、彼女の静かな復讐劇が幕を開けた。

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