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第1章: 婚約破棄と追放
しおりを挟む王宮の大広間は豪奢な装飾で彩られ、窓から差し込む陽の光が美しいシャンデリアに反射して輝いていた。貴族たちは集まり、いつも通りの華やかな雰囲気を楽しんでいる。しかし、その中に一人だけ、違和感を感じている女性がいた。リリアーナ・フォン・リステリア公爵令嬢である。
リリアーナは王太子アルベルト・フォン・ヴァイゼンと婚約している。この婚約は王国中の誰もが認める理想のカップルであり、リリアーナ自身も誇りに思っていた。しかし、今日のアルベルトの態度にはいつもとは違う冷たさがあった。彼の目には鋭い光が宿り、いつもの柔らかい微笑みは見当たらない。
「リリアーナ、少し話がある。ついてきてくれ」
アルベルトの声は低く、厳しい響きを帯びていた。彼女は戸惑いながらも、彼の言葉に従って隣の部屋へと向かう。二人きりになると、アルベルトはリリアーナに対して、決して言って欲しくなかった言葉を告げた。
「リリアーナ、僕は君との婚約を解消することに決めた」
その瞬間、リリアーナの心臓が止まったかのように感じた。何を言われたのか、一瞬理解できなかった。彼女の頭の中は真っ白になり、言葉が出ない。震える声で、なんとか言葉を絞り出す。
「ど、どうしてですか……アルベルト様。私は何か間違いを犯しましたか?」
アルベルトは冷たくリリアーナを見つめた。その眼差しは、かつての優しさとは程遠いものだった。
「君は僕にふさわしくない。君との婚約は王家にとっても、僕にとっても利益がない。新しい婚約者を見つけた。彼女こそが、僕にふさわしい女性だ」
リリアーナはさらに混乱し、足元が揺らぐような感覚を覚えた。新しい婚約者? 彼女はそんな話を聞いたことがなかった。それに、アルベルトがそんなことを言うなんて信じられない。
「新しい婚約者とは……誰のことですか?」
彼女の声はかすれていた。アルベルトは微かに口角を上げると、残酷な事実を告げる。
「君の妹、エレナだ」
その言葉がリリアーナの胸に突き刺さった。妹のエレナは、まだ17歳の若い女性で、リリアーナとは対照的に明るく社交的な性格だった。二人は仲の良い姉妹であり、エレナが婚約者を奪うような人物であるとは思いたくなかった。
「エレナが……私の代わりに……?」
「そうだ。彼女は僕にふさわしい。君とは違い、彼女は王国の未来を共に築ける女性だ」
アルベルトの言葉は、リリアーナをさらに深く傷つけた。彼女は王太子妃になることを夢見て、これまでの人生を捧げてきた。それなのに、彼は今、自分を完全に否定しているのだ。
「私は……あなたに何もふさわしくないと、そう言うのですか……?」
リリアーナの声は震えていた。アルベルトは彼女に目を向けず、冷たく言い放つ。
「そうだ。君は僕にふさわしくない。それに、僕の決定はすでに王家でも承認されている。君は今日限りで、婚約者としての立場を失い、王宮から去ることになる」
その一言が、リリアーナの心を完全に折った。彼女は自分が拒絶されただけでなく、すべてを失ったのだ。家族との関係も、地位も、そして愛も。リリアーナは動揺し、立ち尽くしていた。
「アルベルト様……なぜ、こんなことに……私は、何がいけなかったのですか……」
彼女の問いには答えず、アルベルトは部屋を去った。リリアーナは一人、部屋に取り残された。彼女の心の中は、怒りや悲しみ、そして無力感でいっぱいだった。彼女はアルベルトを愛していたのに、その愛が全く届かないまま、婚約は破棄された。
その後、リリアーナは王宮から強制的に追放されることとなった。彼女の荷物はあっという間にまとめられ、侍女たちによって外へと運び出された。貴族たちは誰も彼女に同情を寄せることなく、彼女の去る姿を冷ややかな目で見送った。
リリアーナは泣きながら馬車に乗り込み、故郷へと戻る道を進んだ。彼女の心は砕け散り、これからどう生きていけばいいのか、全く分からなかった。
故郷での再出発
リステリア公爵家に戻ってきたリリアーナを待っていたのは、冷たい両親の視線だった。彼女の婚約破棄は一瞬にして王国中に広まり、リステリア家の名誉を傷つけたと考えた両親は、リリアーナを責め立てた。
「お前は何をやっているのだ! 王太子様との婚約を台無しにするとは、何という愚か者だ!」
父の厳しい言葉に、リリアーナはただ俯くしかなかった。彼女には何も言い返す言葉がなかった。全てが終わったのだ。家族にも、愛する人にも見放された彼女は、一人ぼっちになった。
日々が無気力に過ぎていく中、リリアーナはかつての自分を取り戻すための道を模索し始める。王宮から追放された彼女には、これからの人生をどう生きるか、自らの力で切り開く必要があった。そして、彼女には誰も知らない秘密があった――彼女は前世で「無敵の魔術師」として生きていた記憶を持っている転生者だったのだ。
その記憶が、今のリリアーナに再び力を与え始めた。
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