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序章
フレイヤ イシュタル
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フレイヤは、聖女代行として王国に仕えている。しかし、彼女自身は「仕えている」と感じたことは一度もなかった。王国の巫女や神官たちからは聖女として崇められ、信仰の対象となっているが、フレイヤにとってそれはどうでもいいことだった。彼女はあくまで「代行」としての立場を持っているに過ぎず、本物の聖女が見つかるまでの暫定的な役割を担っているだけだと思っていた。だから、何も積極的にやる必要はないというのが、フレイヤの基本的な考えだった。
王国の聖女として任命されたのは数年前のことだ。それは、王国の高官たちが彼女の持つ強大な力に気づき、その力を利用するために、彼女を聖女として代行させることに決めたからだった。フレイヤ自身も、そのことについて特に異論を挟むわけではなかった。代行とはいえ、日々の生活において特に不自由がないうえ、贅沢な暮らしが約束されているのであれば、むしろ彼女にとっては好都合だった。
フレイヤは、その役割に全く責任感を持っていなかった。毎日、城の庭園に設けられた特別な座敷に腰を下ろし、お茶を飲みながら青空を見上げる。それが彼女の「仕事」の全てだった。彼女に祈りを捧げるように促す神官や巫女が現れるたび、彼女は決まって「あとでやるわ」と口にする。しかし、実際に祈りを捧げたことなどほとんどない。彼女にとって、祈りとは単なる形式的なものであり、自分が何かをする必要はないと感じていたのだ。
この日も、フレイヤは庭園でゆったりとした時間を過ごしていた。心地よい風が彼女の髪を撫で、柔らかい日差しが彼女の肌を温める。手元には、美しい茶器が置かれており、その中には王国で最も上等な茶葉が使われた香り高いお茶が注がれている。フレイヤは、茶器を手に取り、ゆっくりとお茶を口に運んだ。
「はあ…今日もいい天気ね。こんな日がずっと続けばいいのに」
彼女はそんなことをつぶやきながら、空を眺めていた。王国の騒がしさや政治的な駆け引きとは無縁の、静かな日常が何よりも心地よかった。彼女にとって、聖女代行の役割は特に重要なものではなかった。むしろ、ただ贅沢な暮らしを楽しむための名目に過ぎないと思っていた。
そんな彼女の前に、一人の神官が近づいてきた。彼はフレイヤに対して深々と頭を下げ、恭しく口を開いた。
「フレイヤ様、どうか祈りを捧げていただけますでしょうか。本日も国の平和のために…」
フレイヤは、神官の言葉に耳を傾けることなく、ぼんやりと空を見上げたまま答えた。
「うん、わかった。あとでやっておくわ」
神官はその言葉を聞くと、困ったような表情を浮かべたが、それ以上何も言うことはできなかった。フレイヤの「あとでやる」という言葉は、彼女が本当にやることを意味しないということを、神官たちは皆知っていた。しかし、フレイヤの持つ力の大きさを知っている彼らには、彼女に強く物申すことはできなかった。
フレイヤの力は、表向きには聖女代行としての役割を担うためのものとされていたが、実際にはその力は王国を護るものとして不可欠なものであった。彼女が何もしていないように見えても、彼女の存在そのものが王国に平和をもたらしていた。フレイヤがただそこにいるだけで、外敵や災厄は遠ざけられ、王国は繁栄を続けていた。
だが、フレイヤ自身はそのことに気づいていなかった。彼女はただ「代行」としてそこにいるだけであり、自分が王国を守っているなどという意識は全くなかった。彼女にとって、毎日お茶を飲んでリラックスすることこそが最も重要なことだったのだ。
「聖女代行とは名ばかりで、私はただの居候みたいなものよね。ま、別にそれでもいいけど」
フレイヤはそうつぶやくと、再びお茶を一口飲んだ。彼女の無頓着な態度が、王国の人々にどれほどの影響を与えているかなど、彼女には全く関心がなかった。彼女はただ、穏やかで贅沢な日々が続くことを望んでいた。
その一方で、王国の高官たちや神官たちは、フレイヤの怠惰な態度に少なからず不満を抱いていた。彼女が聖女代行としての役割を果たしていないことは明白だったが、彼女の力の強さゆえに、それを公に指摘することはできなかった。彼らはいつか本物の聖女が現れることを願っていたが、その日がいつ訪れるのかは誰にもわからなかった。
フレイヤは、そんな周囲の状況を全く気にせず、ただ自分の快適な日常を楽しんでいた。彼女にとって、王国の未来や本物の聖女の出現など、どうでもいいことだった。自分が追放されるかもしれないなどという考えも、彼女の頭には微塵もなかった。
しかし、王国の裏では、フレイヤに対する不満が少しずつ積み重なっていった。そして、ついにその不満が爆発する日が訪れようとしていた。
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