君が嫌いな俺の全て

 (笑)

文字の大きさ
上 下
2 / 4

第2章:隠された素顔

しおりを挟む


春の舞踏会から数日が経ったが、胸の中に渦巻く屈辱感は消えるどころか、日に日に大きくなっていた。学院の廊下を歩けば、遠巻きに笑い声が聞こえてくる。「舞踏会の女王」というあだ名が、すっかり僕の肩書になってしまったのだ。友達もいない僕にとって、それを慰めてくれる人などいるはずもなかった。

そして、その元凶である氷川蓮はというと、相変わらず学園の中心で輝いている。教室でさえ彼を中心に会話が生まれ、周囲の誰もが彼の一挙一動に注目している。あの日のことを謝罪する素振りは一切ない。それどころか、彼は僕を見かけるたびにわざとらしい笑顔で手を振ってくる。

「おい、橘!」

今日もまた、彼が声をかけてくる。僕は無視して足早にその場を去ろうとしたが、蓮は大股で近づき、僕の前に立ちはだかった。

「無視すんなよ。なんでそんなに怒ってるんだ?」

「なんで怒ってるか、分からないわけないだろ!」

思わず声を荒げてしまう。蓮は少し驚いた表情を見せたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。

「お前、あの日のことまだ引きずってるのか。悪かったよ、あれはやりすぎたかもな」

「『かも』じゃない。お前、他人を巻き込んで何とも思わないのか?」

「巻き込まれる方が弱いんだよ、橘。けど……まあ、あんなに似合うとは思わなかったのは本当だ」

蓮は肩をすくめて笑う。怒りが込み上げてきたが、それ以上言い返す気力も失せた。結局、僕は再びその場を離れた。


---

その日、僕は図書館で本を読んでいた。学院の図書館は広大で、利用する学生は少ない。ここだけが唯一の逃げ場だった。静寂の中で本を読んでいると、ようやく蓮のことを忘れられる。

だが、その静寂を破る足音が響いた。顔を上げると、そこには蓮が立っていた。

「……なんでここに?」

「お前が逃げる場所は大体分かるからな。少し話がしたくてな」

「話すことなんてない」

冷たく言い放つと、蓮は少しだけ表情を曇らせた。そして、意外な言葉を口にする。

「俺のこと、そんなに嫌いか?」

「当たり前だ」

即答すると、蓮は苦笑いを浮かべた。その顔には、普段の余裕たっぷりな態度が感じられない。

「お前さ……俺のこと、誤解してるんじゃないか?」

「誤解? お前が俺を笑い者にしたのは事実だろ」

「そうだけど、それだけじゃないんだ」

蓮は視線を彷徨わせ、ため息をついた。

「……俺には、本当の友達がいない」

その言葉に驚き、思わず顔を上げた。蓮がこんな弱音を吐くとは思っていなかったからだ。

「俺の周りには、いつも人がいる。でも、あいつらは俺の名前や家柄を見てるだけで、本当の俺を見てくれてるわけじゃない。だから、お前みたいに俺を嫌う奴は珍しいんだ」

「……それが理由で、俺を巻き込んだのか?」

「まあ、そうかもな。でも、やりすぎたとは思ってる。だから……謝りたい」

蓮が頭を下げる姿を見て、僕は言葉を失った。彼がこんなに素直に謝るとは思わなかった。

「別に……もういいよ。どうせ俺には他にどうすることもできないし」

そう言って本に視線を戻すと、蓮は少し微笑んで席を立った。

「ありがとう、橘。お前、結構優しいんだな」

その言葉を残して、彼は図書館を去っていった。


---

その日の夜、僕はベッドの中で蓮の言葉を反芻していた。彼の「本当の友達がいない」という言葉が頭にこびりついて離れない。完璧に見える彼にも、そんな孤独があるのだろうか。

しかし、僕には関係のない話だ。蓮と関わることで、何かが良い方向に進むとは思えない。それなのに、彼の孤独そうな横顔が心に残り、眠れない夜を過ごすことになった。


---

翌日、僕は偶然にも蓮の意外な一面を目撃することになる。夕方、誰もいない校内を歩いていると、音楽ホールからピアノの音が聞こえてきた。その音色に惹かれ、僕はそっとホールの扉を開けた。

そこには、ピアノの前に座る蓮の姿があった。彼は一心不乱に鍵盤を叩き、美しい旋律を奏でている。普段の威圧的な態度とは違い、どこか儚げで繊細な雰囲気を纏っていた。

演奏が終わると、蓮は深いため息をつき、誰もいないはずの空間に呟いた。

「……あの頃みたいに、また弾けたらいいのに」

その声は驚くほど寂しそうで、僕は思わず息を飲んだ。普段の蓮からは想像もできない姿がそこにあった。

気づかれないようにその場を後にしながら、僕の中にある感情が変化していくのを感じた。氷川蓮という人間は、僕が思っている以上に複雑で、そして少しだけ、悲しい人間なのかもしれない。

でも、だからといって、彼を簡単に許すつもりはない。そう自分に言い聞かせながらも、蓮の孤独に共感してしまう自分がいることに、戸惑いを覚えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

奴の執着から逃れられない件について

B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。 しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。 なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され..., 途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。

彼はオレを推しているらしい

まと
BL
クラスのイケメン男子が、なぜか平凡男子のオレに視線を向けてくる。 どうせ絶対に嫌われているのだと思っていたんだけど...? きっかけは突然の雨。 ほのぼのした世界観が書きたくて。 4話で完結です(執筆済み) 需要がありそうでしたら続編も書いていこうかなと思っておいます(*^^*) もし良ければコメントお待ちしております。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

処理中です...