上 下
5 / 7

第5章:真実の愛

しおりを挟む


数日が経ち、ステファノーはますます自分の心の中に生まれた疑念と向き合う日々を過ごしていた。レオナード王子からの再度の求婚、アルベルトの忠告、そして社交界で彼女に向けられる様々な視線。どれもが彼女を取り巻く環境をより複雑なものにしていた。しかし、その中で彼女はひとつの真理に気づき始めていた。

自分が本当に望むものは何なのか――それがわからなくなりつつあったのだ。婚約破棄を決意した時、彼女は自分を守るため、自分の幸せのために行動した。それが正しいと信じていたし、後悔はしていない。だが、レオナードの突然の告白が彼女の心に迷いを生じさせていた。彼が本当に自分を愛しているなら、なぜあの冷たい態度を続けてきたのか。そして今になってなぜ彼は自分を追いかけるのか。

そんな疑問を抱えながら、ステファノーは王宮へと向かった。再度、レオナードと向き合うためだ。彼女ははっきりとした答えを聞きたかった。彼がどのような気持ちで自分に接しているのか、自分の未来をどう考えているのかを知るために。

王宮に到着し、ステファノーが案内されたのは、以前も訪れた王子の私室だった。広々とした部屋には、暖かな光が差し込み、豪華な家具が整然と並べられている。その部屋の中央で待っていたのは、レオナード王子だった。彼は、ステファノーが部屋に入ってくるのを見つけると、静かに立ち上がり、彼女に視線を向けた。

「来てくれてありがとう、ステファノー。」彼はそう言って、彼女に向かって歩み寄った。

「いえ、こちらこそ、レオナード様。今日は、どうしても聞きたいことがあって参りました。」ステファノーの声は落ち着いていたが、その奥には確固たる意志が感じられた。

レオナードは彼女の前に立ち、少し戸惑った様子を見せたが、すぐに真剣な表情に変わった。「そうか。君が何を聞きたいか、わかっているよ。君にとって、私がなぜ今になって求婚してきたのか、不思議に思っているだろう。」

ステファノーは黙って頷いた。彼の言葉の通り、それが彼女の一番の疑問だった。彼がなぜこれほど急に自分を求めてくるのか、その理由がわからなかった。

「私は正直に言おう。」レオナードは静かに言葉を続けた。「君に対して冷たい態度を取っていたのは、私自身の未熟さゆえだった。王子としての責務が私に重くのしかかり、感情を抑えることが美徳だと思い込んでいたんだ。それが結果として、君を傷つけた。私は自分が君にとってどれだけ大切な存在かを理解していなかった。そして、君が私から離れようとした時、初めてその重さに気づいたんだ。」

その言葉を聞いて、ステファノーの心は揺れた。彼が自分を愛していると言った時、その言葉の裏に隠されたものが何なのか知りたかった。今、彼の口から語られる言葉には後悔と誠実さが感じられた。

「私が君に冷たく接していたのは、君を遠ざけるためではなかった。ただ、自分の感情を抑え、責務に従うことが最優先だと思っていた。そしてそれが間違っていたことに、君が婚約を破棄した時に初めて気づいたんだ。」

ステファノーはその言葉を黙って聞いていた。彼の言葉は誠実だと感じたが、それでもまだ完全に彼を信じきることができなかった。なぜ今になって気づいたのか、どうして彼女を傷つけた日々を悔いなかったのか――その問いは彼女の中で残っていた。

「レオナード様、私は長い間、あなたに愛されていないと感じていました。あなたの側にいることは私にとって幸せではありませんでした。それでも、あなたが私を愛していると言うなら、なぜもっと早くその気持ちを示してくださらなかったのですか?」ステファノーは問いかけた。

レオナードは少しの間沈黙した後、静かに答えた。「私は自分自身に恐れていたんだ。君を愛していると認めることが、私の責務や立場を損なうのではないかと。そしてそれが、君を遠ざける結果を生んでしまった。」

その言葉に、ステファノーは少しだけ理解が進んだ。彼は王子としての重責を背負いながら、個人としての感情を抑え込んできた。しかし、その代償として、彼女がどれだけ苦しんでいたのかを彼は理解していなかった。

「あなたがそう感じていたのはわかります。でも、私にとって大切なのは、今のあなたがどう感じているのかです。私はもう、あなたに振り回されることはしたくありません。私の未来は私自身で決めたいのです。」ステファノーは真っ直ぐな視線を彼に向けた。

レオナードは彼女の言葉に驚いた表情を浮かべたが、やがて頷いた。「その通りだ。君が自分自身の人生を決める権利があることを、私は理解している。だが、それでも私は君を失いたくない。もう一度、君を愛し、共に歩んでいくことを許してほしい。」

彼の声には、これまでにないほどの真剣さと誠実さが感じられた。ステファノーの心の中で、彼の言葉が少しずつ響き始めた。彼が本当に変わろうとしているのかもしれない。だが、それでも彼女は自分の道を選ぶべきだという強い気持ちを持ち続けていた。

「レオナード様、私はあなたの気持ちを受け止めます。でも、私が今望んでいるのは、私自身の未来を見据えることです。あなたと再び婚約するかどうかは、すぐには決められません。私は自分を大切にしたいのです。」

その言葉に、レオナードはしばらく沈黙した。しかし、やがて微笑みを浮かべ、静かに頷いた。「わかったよ、ステファノー。君の決断を尊重する。君がどのような未来を選ぼうとも、私は君を支えたいと思っている。」

その瞬間、ステファノーはようやく、自分の心の中に一つの答えを見つけた。彼の愛は本物かもしれない。しかし、彼女が自分自身を大切にすることが、彼との関係よりも重要だということを知ったのだ。

その日、ステファノーは自らの決意を新たにし、レオナードに別れを告げた。彼女はまだ未来がどうなるかはわからないが、少なくとも自分の意志でそれを選び取ることができるという確信を持っていた。

「私は、自分の人生を自分の手で掴む。」

そう心に誓い、彼女は王宮を後にした。彼女の未来には、まだ多くの選択肢と可能性が広がっている。それがどのような結末を迎えようとも、彼女は自分の道を歩んでいく決意を固めていた。


-

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

浮気性の旦那から離婚届が届きました。お礼に感謝状を送りつけます。

京月
恋愛
旦那は騎士団長という素晴らしい役職についているが人としては最悪の男だった。妻のローゼは日々の旦那への不満が爆発し旦那を家から追い出したところ数日後に離婚届が届いた。 「今の住所が書いてある…フフフ、感謝状を書くべきね」

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

婚約者を解放してあげてくださいと言われましたが、わたくしに婚約者はおりません

碧桜 汐香
恋愛
見ず知らずの子爵令嬢が、突然家に訪れてきて、婚約者と別れろと言ってきました。夫はいるけれども、婚約者はいませんわ。 この国では、不倫は大罪。国教の教義に反するため、むち打ちの上、国外追放になります。 話を擦り合わせていると、夫が帰ってきて……。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...