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第2章: 異世界への召喚

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エリザベスが光の扉をくぐった瞬間、目の前の景色が一変した。身体が宙に浮かぶような感覚に包まれ、次の瞬間には足元に固い地面の感触を感じた。薄い霞がかかったような不思議な空間に、彼女は立っていた。

見渡す限り広がるのは、まるで夜明け前の薄明かりのような微妙な光が満ちた世界だった。空は淡い紫色を帯び、地平線には星々が瞬いている。しかし、その光景にはどこか現実感が欠けていた。まるで夢の中にいるかのような、非現実的な空間だった。

「ここは…どこなの?」

エリザベスは不安げに辺りを見回し、先ほどの声の主を探そうとした。しかし、目に映るのは広大な空と地面だけで、誰かの姿は見当たらない。唯一、彼女の足元から少し離れたところに、薄い霧のような光の柱が立っているのが見えた。

彼女は恐る恐るその光の方へ歩み寄る。近づくにつれて、光の中に人影のようなものがぼんやりと浮かび上がってきた。細身の体つきに長いローブを纏った人物が、静かにエリザベスを見つめていた。

「あなたが…私をここに呼んだの?」

エリザベスはその人物に問いかけた。すると、人物はゆっくりと頷き、柔らかな声で答えた。

「そうだ、エリザベス・フォードウィック。私はあなたに眠っている力を目覚めさせるためにここに呼びました。」

その声はどこか懐かしさを感じさせるものでありながら、同時に荘厳な響きを持っていた。エリザベスは、その言葉に混乱しつつも、なぜ自分がここにいるのかを問いただそうとした。

「眠っている力…?でも、私はただの公爵令嬢です。そんな力なんて…」

彼女の言葉が途切れる前に、人物は微笑んだ。まるで全てを知っているかのような表情で、エリザベスの目をまっすぐに見つめる。

「エリザベス、あなたは自分の本当の力にまだ気づいていないだけなのです。この世界では、あなたの内なる魔力が解放され、その力を存分に発揮できるでしょう。」

「魔力…?私に魔力なんてあるはずが…」

エリザベスは思わず首を振った。自分が特別な力を持っているとは夢にも思ったことがなかった。彼女は王国で王妃になるための教育を受けてきたが、魔法や特別な能力には全く無縁の生活を送っていたのだ。

「信じられないかもしれませんが、あなたの血筋には古代の魔術師たちの力が受け継がれています。そして、その力がこの異世界でようやく目覚める時が来たのです。」

その言葉を聞いた瞬間、エリザベスの中に新たな疑問が浮かんだ。自分の血筋にそんな秘密があるというのなら、なぜ今まで誰も教えてくれなかったのか?なぜルーカスとの婚約が破棄された今、このタイミングで力が目覚めるのか?

「では、私は…この力で何をすればいいの?」

彼女は半信半疑のまま、その問いを口にした。すると、人物は少しの間、沈黙した後、静かに口を開いた。

「あなたが何をするかは、あなた自身が決めることです。しかし、私があなたをここに呼んだのは、あなたに選択の機会を与えるためです。今のあなたには、これまでとは違う未来が待っています。」

その言葉を聞いて、エリザベスは少しの間思案した。確かに、自分の未来は大きく変わってしまった。ルーカスとの婚約は破棄され、王妃としての道は閉ざされた。しかし、その代わりに新たな力とともに別の道が開けているというのなら、それを拒む理由はないのかもしれない。

「私は…」

エリザベスは再び視線を上げ、その人物の顔を見つめた。彼女の心には、未だ消えない屈辱と失望が残っていたが、同時に新たな可能性への興味も湧いていた。もし、この力を手に入れることで、自分を裏切った者たちに復讐できるのなら――その考えが心の片隅で彼女を支配し始めていた。

「私はこの力を使います。私を裏切った者たちに、そして私の価値を見誤ったすべての者に、自分が間違っていたことを証明したい。」

エリザベスの言葉には、決意がこもっていた。彼女の胸の内に潜んでいた怒りと復讐心が、彼女を突き動かしていた。しかし、その人物は微笑を崩さず、ただ頷いた。

「分かりました。それでは、あなたに力を授けましょう。」

人物が手をかざすと、光の柱が一層強く輝き、エリザベスの体に温かな光が包み込まれた。その瞬間、彼女の中に眠っていた力が解放され、全身を駆け巡る感覚に驚きの声を上げそうになった。

「これが…私の力…?」

エリザベスは、自分の中から湧き上がる強力な魔力を感じ取った。それは今まで経験したことのない、圧倒的な力だった。彼女はその力を制御しようと、手をかざしてみる。すると、彼女の手から淡い光の粒子が放たれ、周囲の空間を漂い始めた。

「この力をどう使うかは、あなた次第です。しかし、忘れないでください。力は目的を持たなければ無意味です。」

その言葉が、彼女の心に深く響いた。エリザベスはこの力をただの復讐のためだけに使うつもりはなかった。自分の未来を切り開くため、そしてかつての自分を取り戻すために、この力を使おうと決心した。

「ありがとう。この力、必ず有効に使ってみせます。」

エリザベスがそう言い終えると、光の柱は次第に薄れ、彼女は再び元の世界へと戻っていく感覚に包まれた。



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