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2-1 アリシアの秘密の顔

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アリシア・ド・ヴァルモンド――かつて伯爵家の娘であり、社交界でも注目を集めていた彼女は、今や追放者としてひっそりと暮らしていた。だが、彼女には誰も知らないもう一つの顔があった。それは、世界的な石油企業「アルビレオーネ社」のオーナー、アフロディーナ・アルビレオーネとしての顔だ。

「アルビレオーネ」とは、数年前に社交界に突然現れた謎めいた名前であり、その背後にいるのが若い美少女だという噂は絶えなかった。しかし、彼女が表に姿を現すことはほとんどなく、その存在はまるで幻のようだった。だが、実際には彼女こそが、石油業界で絶大な影響力を持つ企業のオーナーだったのだ。アリシアの「もう一つの顔」は、家族や婚約者にさえ知られていなかった。

アリシアが石油に目をつけたのは、周囲の人々がまだそれを単なる「燃える水」としか認識していなかった時代だった。石油という資源にどれだけの価値があるか、彼女は誰よりも早く見抜いていた。それは、彼女が持つ特別な知識――前世の記憶が大きく関係していた。アリシアはこの世界に転生してきた存在であり、彼女が知っている未来の技術や資源の重要性は、誰もが気づかないものだった。

彼女がこの世界に転生してきたとき、まず目にしたのが「石油」という未開拓の資源だった。彼女は前世の知識から、石油が未来においてどれほど重要な役割を果たすかを理解していた。石油が燃料だけでなく、プラスチック製品、化学繊維、その他多くの産業において不可欠な存在となることを知っていたのだ。そのため、彼女は誰よりも早く石油の価値に気づき、その事業に乗り出す決意を固めた。

「燃える水」として軽視されていた石油は、実際には莫大な富を生み出す宝であった。アリシアは、まだ誰も手をつけていない油田に目をつけ、独自の方法でその権利を次々と確保していった。もちろん、当時は石油の価値を理解している者などほとんどいなかったため、彼女が行う取引は安価で済んだ。彼女は静かに、だが着実に、石油事業を拡大していったのだ。

アリシアが経営する「アルビレオーネ社」は、当初こそ無名の存在だったが、次第に石油業界での存在感を強めていった。石油が燃料として広く使われ始めるとともに、彼女の会社は急成長を遂げ、やがて国際的な企業へと発展した。彼女自身は表舞台に立つことを避け、代理人のミューズ・アルキオーネがすべての交渉を取り仕切っていた。ミューズは極めて有能な女性であり、アリシアの右腕として、彼女の意思を忠実に反映させていた。

アリシアは、自分が表に立つことなく、すべてを裏で操る存在であり続けることを望んでいた。彼女はかつての伯爵家の娘という立場を捨て、今や世界的な石油企業のオーナーとしての地位を手に入れていた。だが、誰にも知られることなく、それを維持することが彼女の戦略だった。

彼女が表に姿を現さないことで、アフロディーナという存在はますます謎めいたものとなり、人々の間で噂が広がっていった。彼女の美貌や若さ、そしてその驚異的なビジネスセンスは、あくまで憶測に過ぎなかったが、ミューズの働きによってその存在は確固たるものとなっていた。

アルビレオーネ社が成長するにつれて、彼女の手腕はますます研ぎ澄まされていった。石油を燃料としてだけでなく、プラスチック製品や化学繊維の原料としても活用することを計画し、そのための事業を次々と立ち上げていった。これらの新たな製品が市場に登場するたびに、彼女の影響力は増していき、石油業界だけでなく、多くの産業においても注目される存在となっていった。

それでも、彼女の正体を知る者はほとんどいなかった。アルビレオーネ社の内部ですら、彼女の素顔を知るのはミューズと、もう一人の腹心である副社長のレオンハルトだけだった。レオンハルトは経営において重要な役割を果たしており、彼もまたアリシアの存在を支える重要な人物だった。

アリシアは、自分の秘密が明るみに出ることを何よりも恐れていた。もし、自分が伯爵家から追放された娘であることや、実は転生者であることが知られたら――すべてが崩壊する危険性があったからだ。しかし、彼女はその恐れを胸に抱きながらも、冷静に事業を進めていった。

ある日、アリシアは私邸にて、ミューズとレオンハルトを呼び、今後の戦略について話し合っていた。彼女は次の目標を、国内だけでなく、海外へと事業を拡大することに定めていた。まだ手つかずの油田が世界中に存在しており、それらを抑えることで、アルビレオーネ社の勢力はさらに増すだろうと確信していた。

「次の油田は、南方の未開拓地に目をつけているわ。そこには豊富な資源が眠っているはず。」

アリシアの冷静な声が響く中、ミューズはその計画を理解し、静かに頷いた。

「お任せください、アフロディーナ様。私が交渉を取り仕切り、適切な取引を進めます。」

アリシアは満足そうに微笑んだ。彼女には、絶対的な信頼を置いている仲間がいる。自分は表に出ることなく、彼らが自分の計画を実行してくれるのだ。すべてが順調に進んでいた。



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