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第三章: 王子と新しい婚約者の崩壊

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パッソ・セッテが新たな人生を歩み始めたころ、王宮では新たな婚約者を迎えたアーリック王子の周囲で少しずつ歪みが生じていた。

アーリックが選んだ「運命の相手」と称する女性は、侯爵家の娘、エレナだった。エレナは美しく、華やかな社交界でも目を引く存在であり、まさに王子が理想とする「真実の愛」を体現しているかのように見えた。しかし、その実態は違っていた。エレナは自らの地位や名声を最優先に考える利己的な性格で、王室や王子に対する忠誠心よりも自分の利益を追求するタイプだった。

婚約を発表してからほどなくして、エレナは社交界での影響力を高めようと王宮の行事やパーティに頻繁に顔を出すようになった。王子の婚約者という立場を最大限に利用し、周囲に自分がいかに王室の重要人物であるかを誇示し始めたのだ。彼女の言動や態度は、王宮内の従者や貴族たちの間で少しずつ不満を呼び起こしていた。

ある夜、王宮で開かれた晩餐会でのことだった。エレナは大勢の貴族の前で、あからさまに侍女たちを見下し、過剰な要求を繰り返していた。侍女たちが持ってきた料理に少しでも不備があればすぐに文句をつけ、その態度はまるで自分がすでに王妃であるかのように傲慢だった。

「こんなもの、私にふさわしいわけがないでしょう?もっと高級な料理を出しなさい!」

エレナの鋭い声が響き、侍女たちは震えながら料理を下げていった。その光景を目の当たりにした他の貴族たちは、心の中で眉をひそめながらも、彼女が王子の婚約者である以上、表立って批判することはできなかった。

一方で、その様子を見守っていたアーリックも、次第にエレナの行動に疑問を感じ始めていた。彼女が自分を「運命の相手」として称え、愛を誓っていた時には気づかなかったが、いざ婚約が公になり一緒に過ごす時間が増えると、彼女の本性が少しずつ見え隠れしてきたのだ。

エレナは人前では完璧な婚約者を演じていたが、二人きりになるとその仮面を外し、自己中心的な態度を露わにした。彼女は自分の要求が通らないと不機嫌になり、アーリックに対しても遠慮なく厳しい言葉を投げつけた。彼女にとって、王子との婚約は愛ではなく、名声を得るための手段でしかなかったのだ。


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ある日、エレナはアーリックに対して「次の舞踏会では、王妃の椅子に座らせてほしい」と要求した。その要求に、アーリックは思わず驚きの表情を浮かべた。

「エレナ、君はまだ正式な王妃ではない。王妃の椅子に座るのは不適切だ。」

だが、エレナは不満げにため息をつき、ふてぶてしい笑みを浮かべながら返答した。「あら、あなたが未来の王妃になる女性に対してそんなことを言うの?私はすでにあなたの隣にふさわしい存在なのよ。」

彼女の言葉に、アーリックは返す言葉が見つからなかった。今まで彼が「真実の愛」と信じていた女性が、こんなにも尊大で傲慢な態度をとるとは思いもしなかったからだ。彼は次第に、エレナへの愛情が疑念に変わりつつあるのを感じた。

その日以降、王宮の人々はエレナへの冷たい視線を隠すことができなくなった。侍女たちはエレナの無理難題に耐えかねて辞めていく者が増え、貴族たちの間でもエレナの態度についての噂が広まり始めた。もはや王子の婚約者という地位だけでは、彼女の行動を正当化できなくなっていた。


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やがて、エレナが王宮に入り込んでから数か月が経った頃、ある出来事が彼女の評判を決定的に悪化させた。彼女は王宮の金庫にまで手を出し、贅沢品を次々と買い漁っていたことが発覚したのだ。アーリックがその事実を知ったとき、彼は怒りに震えながらも信じられない気持ちだった。自分が選んだ「運命の相手」が、まさか王室の財産を私物化するとは思いもしなかったからだ。

アーリックはエレナを問い詰めたが、彼女は開き直り、「あなたのために美しく見えるよう努力しているのだから当然だ」と言い放った。その冷酷で自己中心的な言葉に、アーリックはついに自分がどれほどの誤りを犯していたかを悟った。彼が「運命の相手」と信じた愛は、幻に過ぎなかったのだ。

王宮内でのエレナの悪評は留まることを知らず、ついに王室の長老や顧問たちが彼女との婚約について王子に進言するに至った。「彼女のような人物を未来の王妃に迎えることは、王国の名誉を汚すことになるでしょう」と、彼らは厳しい口調で言い放った。

アーリックは思い悩んだ末、ついにエレナとの婚約を解消する決断を下した。かつて「運命の相手」と信じた女性との関係が、こうして終わりを迎えることに、彼は深い後悔を覚えずにはいられなかった。そして、心の中でふとパッソのことが浮かんだ。彼女は確かに自分のことを心から支えてくれる存在だったのに、自分は彼女を軽んじ、手放してしまったのだ。

アーリックは、自分が取り返しのつかない過ちを犯したことを痛感し、胸の中で後悔と虚しさが渦巻いた。もはやパッソは、自分のもとへ戻ってはこないだろう。彼女はすでに自分の人生を歩み始め、新しい道を進んでいるのだから。


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こうしてアーリック王子とエレナの婚約は正式に破棄され、王宮には再び平穏が戻った。しかし、その裏ではパッソ・セッテという女性の強さと輝きが、ますます人々の注目を集め始めていた。彼女の姿は、今や誰の隣にもいない。自らの力で新たな未来を切り拓くその姿は、もはや王子が追い求めることのできない、遠く輝く星のような存在だった。

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