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第一章:婚約破棄と新たな道
しおりを挟む「クラリス・リンドール、貴様との婚約をここに破棄する」
その言葉が宮廷の一角に響き渡った瞬間、広間にいた全員が息を飲んだ。アレクシス王子の冷たい声は、まるで断罪を下すような威厳に満ちており、周囲の貴族たちはひそひそと囁き合い、クラリスを非難する視線を投げかけた。
だが、クラリスは微動だにせず、ただ美しい顔を冷静に保ち、王子を見つめ返した。彼女の心はすでに穏やかだった。この瞬間が来ることは予想していたし、むしろ待ち望んでいたからだ。アレクシス王子との婚約は、彼女にとってただの政治的な足枷に過ぎなかった。今ここで解放されるのは、願ってもない幸運だ。
「理由をお聞きしてもよろしいですか、アレクシス様?」
クラリスは落ち着いた声で尋ねた。その涼しげな瞳には、まったく動揺の色が見えない。
王子は眉をひそめ、あからさまな嫌悪の表情を浮かべていた。「お前は冷酷で、慈愛というものをまったく知らない。聖女であるセレナに比べて、お前のような者が王妃にふさわしいとは思えない」
セレナ――広間の片隅に控えていたその聖女が、目立たないように振る舞っていたが、ほんの少しの微笑を浮かべたのをクラリスは見逃さなかった。セレナは何も言わず、まるで自分が何も関与していないかのように装っていたが、実際には彼女こそがこの状況を作り出した張本人だとクラリスは理解していた。
「なるほど、聖女セレナ様と比べて、私が至らぬ点があったのですね。ご指摘ありがとうございます」
クラリスはそう答え、静かに一礼した。その場にいる貴族たちは彼女の態度に驚き、ささやき声が再び広間に広がった。王妃になるはずの令嬢が、婚約破棄を宣告されても一切取り乱さないどころか、淡々とした態度を保っている。クラリスの完璧な振る舞いは、彼女の冷静さと高潔さを一層際立たせた。
「それでは、アレクシス様。私はこれで失礼いたします」
クラリスは優雅に身を翻し、広間を後にした。その背中には一切の後悔も見えず、ただ堂々とした姿があった。
***
馬車に乗り込み、宮廷を離れると、クラリスはようやく小さく息を吐いた。長年、王妃になるために振る舞ってきたのは事実だが、アレクシス王子との婚約は彼女にとって不本意なものだった。王妃としての地位には興味がなかったし、王子の人柄にも惹かれていなかった。むしろ、彼女の望む未来は、もっと自由で実りあるものだった。
「婚約破棄は計画通り、ね」
彼女は小さくつぶやき、窓の外を見つめた。王宮から遠ざかる風景が、彼女の胸にある新たな決意を燃え立たせた。
クラリスはもともと、公爵家の長女として完璧な教育を受けてきた。貴族としての立ち居振る舞いはもちろん、経済や商業に関しても知識を深めており、その分野での才覚は若い頃から注目されていた。彼女の手腕によって、リンドール家の財産は着実に増え、特に彼女が手掛けた商業プロジェクトは数々の成功を収めていた。
「次は、私の望む道を進むだけ」
クラリスは父親である公爵から、すでに多額の資金を引き出していた。彼女は、表向きは王妃候補としての道を歩んでいるように見せながらも、裏では自らの影響力を広げるための準備を進めていたのだ。アレクシスとの婚約が破棄された今、彼女には何の障害も残っていない。これからは、彼女自身の力で新たな未来を切り拓くことができる。
「まずは、取引をまとめなければ」
クラリスは胸の内で計画を再確認した。彼女はすでに、王国全体で影響力を持つ有力な商人や貴族たちとの関係を築いており、これからはその力を存分に発揮するつもりだった。公爵家の支援を受け、彼女は一大商業連合を作り上げようとしていたのだ。
***
翌朝、クラリスは自宅に戻ると、すぐに執事に命じて最新の商業報告を持ってこさせた。彼女はリンドール公爵家の経済の一端を担っており、最近では家業の一部を任されるまでになっていた。
「進捗は順調ですね、クラリス様。特に、南方の交易に関する協定が大成功を収めました」
執事の報告にクラリスは頷いた。南方との交易は、彼女の新たな計画の一部だった。これからさらに貿易を拡大し、他国との関係を深めることで、クラリスはリンドール家を王国屈指の富豪へと成長させるつもりだ。
「ありがとうございます、ジョセフ。これからも引き続き、私が指示するプロジェクトを進めてください」
「かしこまりました、クラリス様」
執事が下がると、クラリスは深く椅子に腰を下ろした。心の奥底で、婚約破棄を告げられた瞬間の王子の表情が蘇る。彼は自分が勝者だと信じ込んでいたのだろう。だが、彼が気付いていないのは、クラリスこそが本当の勝者であり、彼女がこれからどれだけの影響力を持つことになるかだった。
「これで、私の邪魔をするものはもういないわ」
彼女は小さく笑みを浮かべた。これからが、彼女の本当の勝負の始まりだ。そして、この勝負に勝つための準備はすでに整っていた。クラリスは決意を新たにし、次の一手を打つための準備を始めた。
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