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2. 異世界転生:伯爵令嬢リシテア
しおりを挟む「……ここは……どこ?」
鈴花はゆっくりと目を開けた。薄明かりの中、目に入ったのは高級そうな天蓋付きのベッドのカーテンと、豪華なシャンデリアだった。鈴花は目をしばたたかせ、自分が見ているものが現実なのか夢なのかを疑った。だが、次の瞬間、彼女は自分の身体が軽くなっていることに気が付いた。
「え……?」
さっきまでの鈴花の身体は病魔に侵され、常に重く、痛みに苦しんでいた。それが今、まるで何もなかったかのように軽やかで、手足を動かすことも難なくできる。彼女はベッドからゆっくりと起き上がり、鏡に映る自分を見た。そこに映っていたのは、見覚えのない少女の姿だった。長い銀髪と、透き通るような白い肌、大きな青い瞳――それは、まさに異世界のお姫様のような姿だった。
「え? これ……私なの?」
鈴花は呆然と鏡の前に立ち尽くした。自分の顔は確かに変わっていたが、その瞳に浮かぶ感情や戸惑いは、まぎれもなく自分のものであることを感じた。心は鈴花のままだが、身体は全く別人になっている。彼女は震える手で自分の顔を触り、現実を確認するように頬を撫でた。
「なんで……どうして……?」
その瞬間、部屋の扉が開かれ、豪華なドレスを着た中年の女性が入ってきた。彼女は優雅な立ち振る舞いで鈴花に近づき、微笑みながら言葉をかける。
「お嬢様、ご気分はいかがですか? 昨晩のご様子では、お熱がひどかったので心配しておりましたが……今日のお顔色はとても良いようですね。」
「お、お嬢様……?」
鈴花は混乱したまま、何も答えることができなかった。彼女の記憶には「お嬢様」としての自分は存在していない。だが、目の前の女性はその名で彼女を呼び、親しげに接している。
「そうです、お嬢様。リシテア様、ご気分が良くなられたなら、朝食をお持ちいたしますか?」
「リシテア……?」
鈴花はそこで初めて、自分が「リシテア」と呼ばれていることに気がついた。名前が変わっている――いや、むしろ自分は別の人間として生まれ変わったのだ。彼女は転生したのだ。前世の記憶が鮮明に蘇り、彼女はその現実を徐々に受け入れるしかなかった。あの世界での地下アイドルとしての苦しい日々、そして病に倒れた自分。鈴花だった頃のすべてが、まるで遠い過去の出来事のように感じられるが、今ここにいる「リシテア」は、まぎれもなくその記憶を持った存在だ。
「はい……お願いします……」
まだ完全には状況を把握できていないが、リシテアはなんとか言葉を返した。女性――おそらくこの家のメイドだろう――は恭しく一礼し、部屋を出ていった。リシテアは再び鏡を見つめ、自分の新しい姿を観察する。豪華なドレスに身を包み、まるで童話に出てくるお姫様のような姿。だが、彼女の内面は未だに和久井鈴花のままだ。
「これは一体、どういうことなんだろう……」
彼女はベッドに腰を下ろし、深いため息をついた。前世での夢だったアイドルとしての成功を思い出しながら、今の自分に何ができるのかを考え始める。しかし、頭の中はまだ混乱しており、ここがどんな世界なのかも分からない。彼女が落ち着かない気持ちで周囲を見渡していると、ふいに記憶の中に断片的な映像が浮かび上がってきた。
「そうだ……私は、伯爵家の娘、リシテア・エルメシア……」
不意に頭の中に流れ込んできた記憶。リシテアという人物としての過去が断片的に彼女の意識に入り込み、ここが貴族社会であること、この世界が魔法や騎士が存在するファンタジーのような異世界であることが徐々に理解できるようになってきた。どうやら、リシテアというのはこの世界で非常に裕福な伯爵家の娘であり、婚約者もいる貴族令嬢らしい。
だが、奇妙なことに、リシテアの記憶の中には、婚約者クライン侯爵との関係があまりよくないこともわかってきた。クラインは高慢で冷酷な人物であり、リシテアをただの道具として扱っているようだった。彼女が病気で寝込んでいた時も見舞いに来ることはなく、婚約者としての愛情はほとんど感じられなかった。
「なんだか、前の人生とあまり変わらないじゃない……」
リシテアは苦笑しながら、前世の鈴花としての記憶を思い返した。地下アイドルとしての孤独感、そして病で命を失ったこと。それに比べれば、今の状況はまだましだと感じる一方で、彼女の中には「また苦しい人生を歩むのかもしれない」という不安も浮かんできた。
そんな思いにふけっていると、再び扉が開き、今度は若い男性が入ってきた。彼はリシテアに向かって冷たく鋭い目を向け、無言のまま立っている。
「クライン様……!」
リシテアは咄嗟に名前を口にした。目の前にいるのは、まさに彼女の婚約者、クライン侯爵だった。彼の存在はリシテアの記憶の中でも鮮明に刻まれており、その冷酷さも同様だった。クラインはリシテアに近づき、無愛想な表情で言った。
「婚約破棄を申し出る。君はもう用済みだ。」
その瞬間、リシテアの胸に鋭い痛みが走った。婚約破棄――それはリシテアにとって、突然の出来事だった。前世の彼女も、成功を目前にして命を失ったが、この新しい世界でも、自分が「不要」だと言われている気がした。
「……わかりました。」
だが、リシテアは驚くほど冷静にその言葉を受け入れた。彼女の中には、かつての鈴花としての経験が生きており、「自分の価値は他人に決めさせない」という強い意志が芽生えていた。
「婚約破棄なんて、全然問題ないわ。私は……私の道を歩むだけ。」
リシテアは静かに、しかし決然とした表情でクラインを見つめ返した。
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