仮面の下の微笑み

第1章: 「完璧な仮面」

名門校「聖エルミナ学園」。この学園に通う者たちは皆、富裕層の子弟や特別な才能を持つ者ばかりだ。そんな中でも、ひときわ目立つ存在がいる。それが生徒会長の天城迅だ。
学園内で彼を知らない者はいない。成績は常にトップ。スポーツも万能で、容姿端麗、さらに礼儀正しく紳士的な振る舞いをする彼は、まさに「完璧な生徒会長」として誰からも尊敬されている。生徒会執務室に向かう迅の姿に、廊下を行き交う生徒たちは一様に足を止め、挨拶を送る。

「天城会長、おはようございます！」
「おはよう、天城さん！」

迅は軽く微笑みながら、彼らに適切な挨拶を返す。その笑顔はまるで絵画の中から飛び出してきた貴公子のようで、周囲の視線を一身に集めていた。しかし、そんな迅が生徒会執務室に入った途端、その笑顔は消え去る。

「……ふう、疲れる」
扉を閉めた迅は、さっきまでの気品あふれる笑顔を完全に捨て、椅子に倒れ込むように座った。そして、その姿を無言で見守る人物がいた。副会長の椎名朔夜だ。
「会長、もう少し愛想を振りまくのを控えたらどうですか？」
「お前にそれを言われるとはね。お前こそもう少し笑顔を練習したらどうだ？」
迅が皮肉を込めて言うが、朔夜は無表情のまま返答する。
「私は会長のためにいるだけですから、笑顔を振りまく必要はありません」
「はぁ……まあ、お前がいるだけで助かってるよ」
迅は面倒くさそうにため息をつきながらも、朔夜に感謝の意を述べた。

朔夜は迅の横に立ち、淡々と業務の進行状況を報告する。彼の冷静で的確な指示により、生徒会の運営は円滑に進んでいるのだが、それ以上に彼の存在が迅にとって不可欠である理由があった。朔夜は、迅が「完璧な仮面」を被り続けるための支えそのものなのだ。

迅が学園の「完璧な生徒会長」でいるためには、表面を取り繕うだけでは足りない。彼の立場を保つためには、学業やスポーツ、礼儀作法といった目に見える努力だけでなく、細部にわたる配慮が求められる。その膨大な負担を迅一人で背負うのは不可能だった。朔夜はそれを理解し、迅の陰に隠れる形で彼を支えていた。

「ところで、副会長、今日の昼休みは空けておけよ」
「何かあるんですか？」
「女子生徒からのファンクラブ結成の要望が届いたらしい。お前も同席してくれ」
「……断らないんですか？」
「断れるわけないだろう。生徒会長なんだから」
迅は肩をすくめながら笑うが、その表情にはどこか憂いが浮かんでいる。朔夜はその様子を見て眉をひそめた。

朔夜は迅が無理をしていることを理解していた。しかし、迅が「完璧な会長」でいるためには、こうした負担も避けられない。だからこそ、自分が彼の陰でできる限りのサポートをする。それが朔夜にとっての役割だった。


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昼休み、迅と朔夜は生徒会執務室に集まったファンクラブの代表たちと顔を合わせた。華やかな装いの女子生徒たちが迅に向ける視線は熱を帯びており、その場の空気は迅への憧れと期待で満ちていた。
迅は彼女たちに適度な距離感を保ちながらも親しげに接し、時折笑顔を見せてはその場を和ませていた。一方で、朔夜は迅の隣に立ち、無言で状況を見守る。迅の背後で控える朔夜の存在は、迅にとっての安定感そのものだった。

会合が終わり、女子生徒たちが満足げに執務室を後にすると、迅は深いため息をついた。
「やれやれ、いつまでこれが続くのかね」
「会長が完璧である限り、終わることはないでしょう」
「だろうな。……まったく、お前のように冷たく接する術を覚えたいものだ」
迅が朔夜に愚痴をこぼすと、朔夜は静かに微笑んだ――いや、微笑むように見えたが、それが表情の錯覚だったのかは迅にもわからなかった。


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放課後、迅と朔夜は学園を見回るために歩いていた。廊下を歩く迅の姿に生徒たちが敬意を示し、朔夜も迅の一歩後ろを無言でついていく。迅がふと立ち止まり、校庭を見つめる。そこには部活動に励む生徒たちの姿があった。
「俺も、あんな風に自由に生きられたらな」
迅がぽつりと漏らした言葉に、朔夜は少しだけ目を細めた。
「会長が自由に生きる道はあります」
「どうやって？」
「その時が来たら、教えます」
朔夜のその言葉に、迅は小さく笑った。
「お前はいつもそうだな。含みを持たせる言い方をする」
「会長がそれを好むからです」

迅と朔夜の関係は、表向きはただの生徒会長と副会長。しかし、その背後には誰も知らない特別な絆がある。それはまだ本人たちすら気づいていない、深い絆の始まりだった。