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第五章:過去と未来の狭間で

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リカルド公爵の呪いを解こうとするエルサの決意は、日ごとに強まっていった。しかし、彼女の体力は徐々に消耗し、疲労が彼女の身体に蓄積されているのも明らかだった。それでもエルサはリカルド公爵を救うために戦い続けた。毎晩彼にキスをして人間の姿に戻すたび、自分の中から何かが少しずつ削られていく感覚があった。

エルサは決してそれをリカルドに言わなかった。彼を苦しめたくないという一心で、自分の疲れを隠し続けた。彼女は自分が限界に近づいていることに気づいていたが、それでも彼を見捨てるつもりはなかった。

そんなある日、エルサは突然の頭痛に襲われ、倒れ込んだ。彼女はキスをするたびに体力を奪われていたが、その疲れは予想以上に体を蝕んでいたのだ。リカルド公爵は慌ててエルサを抱え上げ、彼女を寝台へと運んだ。

「エルサ!大丈夫か?」

リカルドはエルサの手を握りしめながら、その顔を覗き込んだ。エルサは薄く目を開け、疲れ切った表情で微笑んだ。

「大丈夫です…リカルド様。ただ、少し疲れているだけです…」

その言葉には、彼女の限界が見え隠れしていた。リカルドは自分の呪いがエルサをここまで追い込んでいることに、激しい罪悪感を感じた。

「お前がここまで苦しむ必要はない…私はもう、この呪いに耐えられない。お前をこれ以上巻き込むつもりはないんだ…」

リカルドの声には、深い悲しみと後悔が滲んでいた。彼はエルサが自分のために全てを捧げてくれていることを知っていたが、その代償があまりにも大きいことに気づき始めていたのだ。

エルサは弱々しいながらも、首を振った。

「私は…決して後悔していません。あなたを救うために、ここまで来たのです。あなたがどれほど苦しんでいるかを知っているからこそ、私は最後まで…」

言葉を途切れさせながらも、エルサの瞳には強い決意が宿っていた。彼女のその強さに、リカルドはさらに心を揺さぶられた。彼女を救いたい、しかし自分が彼女を苦しめている。このジレンマが彼の胸を締め付ける。

「エルサ、もういいんだ。お前はもう十分に私を助けてくれた…だが、これ以上お前に苦しんでほしくはないんだ」

リカルドの声は苦しみに満ちていた。彼はエルサを失うことを恐れていた。彼女がここにいることで自分が救われているという事実が、彼を前に進ませていたのだ。それでも、彼女が自分のせいで苦しむ姿を見るのは、耐え難いことだった。

「それでも、私はあなたを救いたいんです」とエルサは言った。「私がここにいる限り、あなたは怪物の姿に囚われ続ける必要はない。私は決してあなたを見捨てません」

リカルドはエルサの手を握りしめ、深く息を吐いた。

「お前がここにいることが、私にとって何よりの救いだ。だが、もしお前がこのまま倒れてしまえば、私はもう何も望めない。お前の命を犠牲にするわけにはいかないんだ…」

エルサはその言葉に一瞬躊躇したが、彼女の中で燃える決意は揺らぐことはなかった。

「私は、あなたを救うためにここにいるのです。それがどれほど大きな代償を伴っても、私は最後まであなたのそばにいます」

その強い言葉に、リカルドは何も返せなかった。彼女の決意はあまりにも強く、彼自身がそれを拒むことができないことを理解していた。しかし、彼の心には依然として深い不安と後悔が残っていた。

その夜、エルサはいつも通りリカルドにキスをした。彼の姿が再び美しい人間に戻った瞬間、エルサは再び強烈な疲労感に襲われ、倒れ込んだ。リカルドはすぐに彼女を支え、寝台に運んだが、彼女の顔は青白く、息も荒かった。

「エルサ…もういい、これ以上無理をするな…」

リカルドは必死にエルサの手を握りしめ、その姿に涙を浮かべた。彼女が自分のためにここまで苦しんでいることが、彼にとって何よりも辛いことだった。

「私は…まだ、戦えます…」

エルサは微笑みながらそう言ったが、その体は限界に近づいているのが明らかだった。彼女の決意は強かったが、体力と精神力はすでに限界に達しつつあった。

「お前がここで倒れてしまったら、私はどうすればいいんだ…」

リカルドはエルサを抱きしめ、静かに涙を流した。彼女を救いたいという想いと、彼女を傷つけているという事実が、彼の心を引き裂いていた。

その時、リカルドは決意した。自分の呪いを解くために、エルサにこれ以上苦しませるわけにはいかない。彼は何としてでも、エルサを救わなければならないと心に誓ったのだ。

次の日、リカルドは執事のベルマンを呼び、彼に指示を与えた。

「エルサを助けるために、私はこの呪いの根源を探るつもりだ。お前はエルサの看病を頼む」

ベルマンは静かに頷き、エルサの世話をするために動き始めた。

リカルドは決意を胸に、城の奥深くに隠された古い魔術書を取り出した。その書物には、呪いの本当の解き方が隠されているかもしれないと信じていた。彼はエルサを救うために、そして自分の呪いから解放されるために、全力を尽くす覚悟を決めたのだった。

エルサが限界に達しつつある中、リカルドは自らの運命と向き合い、真の試練に挑む準備を始めた。彼女を救うための道は険しく、まだ多くの困難が待ち受けているが、二人の心は今、確かに繋がっていた。

そしてリカルドは、この呪われた運命に終止符を打つための戦いを始めるのだった。

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