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第一章:突然の婚約破棄

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王国一の美貌と才智を誇る公爵令嬢、ベリンダ・エヴァンスは、宮廷でも誰もが認める存在だった。彼女の金色の髪は陽光を受けて輝き、深い碧眼は見る者を魅了した。礼儀作法や芸術、文学、さらには政治に至るまで、その才能は多岐にわたっていた。彼女は王太子アルベルトとの婚約者として、国民からも祝福を受けていた。

その夜、王宮では盛大な舞踏会が催されていた。煌びやかなシャンデリアが天井から吊り下がり、貴族たちの笑い声や音楽が響き渡る。ベリンダは真紅のドレスを身にまとい、優雅に舞踏会場を歩いていた。彼女の周りには多くの人々が集まり、その存在感は一際際立っていた。

「ベリンダ様、今夜もお美しいですね」

「ありがとうございます。皆様も楽しんでいらっしゃいますか?」

微笑みながら会話を交わすベリンダの姿は、まさに完璧だった。しかし、彼女の心の中には小さな不安があった。最近、婚約者であるアルベルトが距離を置いているように感じていたのだ。

「アルベルト様、いらっしゃらないのかしら...」

そう思って周囲を見渡していると、義妹のエリーナ・エヴァンスが近づいてきた。エリーナはベリンダとは対照的に、淡いブルーのドレスを着ており、その姿は清楚で可憐だった。

「お姉さま、今夜はとても素敵ですね」

「ありがとう、エリーナ。あなたもとても可愛らしいわ」

エリーナは微笑を浮かべながら、一歩近づいた。

「実は、アルベルト様がお姉さまをバルコニーでお待ちですよ」

「まあ、そうなの?ありがとう、エリーナ」

ベリンダは少し胸の高鳴りを感じながら、バルコニーへと向かった。月明かりが優しく照らす中、アルベルトの背中が見えた。

「アルベルト様、お待たせいたしました」

彼は振り返り、その瞳には冷たい光が宿っていた。

「ベリンダ、来てくれてありがとう」

「どうなさったのですか?何かお話があると...」

アルベルトは一瞬視線を逸らし、深呼吸をした後、硬い声で言った。

「ベリンダ、お前との婚約を破棄することにした」

その言葉は鋭い刃のようにベリンダの心を突き刺した。

「...何をおっしゃっているのですか?」

「俺はエリーナと婚約する。彼女と共に未来を歩みたい」

「待ってください、一体どういうことですか?突然そんな...」

ベリンダは信じられない思いで彼を見つめた。しかし、アルベルトの表情は変わらない。

「お前は完璧すぎるんだ。まるで人形のように。俺はもっと人間らしい温かさを求めている」

「私が至らないというのですか?何か間違いを犯したのでしょうか?」

「そういうところだ。常に正しく、間違いを認めない。その姿に疲れたんだ」

アルベルトはそう言い残し、背を向けて去っていった。ベリンダはその場に立ち尽くし、涙が頬を伝った。

「どうして...どうしてこんなことに...」

足元がふらつき、彼女は手すりに手をついた。頭の中は混乱し、心臓が激しく鼓動していた。

その時、背後から静かな足音が聞こえた。振り返ると、エリーナが立っていた。彼女は哀れみの表情を浮かべている。

「お姉さま、大丈夫ですか?」

「エリーナ...これは一体どういうことなの?」

エリーナは一瞬目を伏せた後、意を決したように口を開いた。

「実は、アルベルト様とは以前からお互いに惹かれ合っていました。でも、お姉さまのことを考えて黙っていたんです」

「そんな...私には何も...」

「申し訳ありません。でも、もう隠し通せないんです」

ベリンダは愕然とし、その場に崩れ落ちた。

「嘘よ、そんなはずがない」

エリーナはゆっくりと近づき、彼女の肩に手を置いた。

「お姉さま、これからは自分の幸せを追求してください」

その言葉はまるで勝利宣言のように聞こえた。ベリンダは涙で視界が滲む中、エリーナの顔を見上げた。その瞳には隠しきれない喜びが宿っていた。

「あなたが...私から全てを奪ったのね」

エリーナは微笑みを浮かべたまま、静かに立ち去った。ベリンダは孤独と絶望の中、ただ月を見上げていた。

「私は一体、何を間違えたの...」

その問いに答える者は誰もいなかった。冷たい夜風が彼女の頬を撫で、遠くから舞踏会の賑わいが聞こえてくる。しかし、彼女にとってその音は遥か彼方の出来事のように感じられた。

やがて、ベリンダは立ち上がり、深呼吸をした。

「泣いていても仕方ないわ。真実を確かめなければ」

彼女はドレスの裾を握りしめ、強い決意を胸に抱いた。自分の名誉と誇りを取り戻すため、そして何よりも自分自身のために。

しかし、彼女を待ち受けている運命は、想像を絶するものだった。翌日、さらなる悲劇が彼女を襲うことになる。


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