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第一章:竜姫の覚醒

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「エリス・リデル、お前との婚約を破棄する。」

その言葉は、耳を疑うほど突然だった。煌びやかな舞踏会の真っ只中、王子であり婚約者であるレオン・グランディオール第一王子が、冷たい目でエリスに向けて放った言葉は、まるで鋭い刃物のように彼女の胸に突き刺さった。大勢の貴族や名士たちが集う豪華な舞踏会の会場は、瞬く間に静まり返り、全員の視線がエリスに集中する。

エリスは、その場で動けなくなった。まさか、こんな形で人生が崩れ去るなんて、夢にも思わなかった。彼女は幼い頃からレオンに仕え、未来の王妃としての準備を怠ることなく、心から彼を愛してきた。そして、彼も同じように自分を愛してくれていると信じていた。しかし、その信頼は、今や音もなく崩れ去ろうとしていた。

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

エリスは、震える声を無理に抑えながら問いかけた。全員が彼女の一言一句に注目しているのが感じられたが、それ以上に、彼女はレオンの次の言葉を恐れていた。レオンはため息をつき、まるでくだらない話をするかのように目を逸らし、彼女の隣に立つ美しい公爵令嬢、ルシア・デュラントを優しく見つめた。

「私はルシアを愛している。エリス、お前とはもうこれ以上の未来を見出せないんだ。」

その言葉に、エリスは自分の心臓が一瞬止まったかのような錯覚を覚えた。自分ではなく、ルシアが彼の愛の対象だというのだろうか?長年の絆はすべて無意味だったというのか?目の前で展開される現実に、エリスは頭が真っ白になった。

ルシアは満足げな笑みを浮かべ、周囲の視線を気にする素振りも見せず、エリスを見下ろした。その美貌は、誰もが認めるものであり、彼女の存在感は、まるでこの場が彼女のために用意されたかのように感じさせるものだった。そんなルシアに比べて、自分はただの飾りに過ぎなかったのだろうか。エリスは、自らの無力さに打ちひしがれそうになるも、必死に感情を抑え、堂々と立ち続けた。

「……そうですか。では、私はこれ以上ここに留まる意味がありませんね。」

彼女は冷静さを装いながら、静かに言葉を紡いだ。涙は出なかった。自分でも不思議なほど、心が無感覚になっていることに気づいた。それは恐らく、ショックがあまりにも大きすぎたせいだろう。エリスは周囲の視線を一切気にすることなく、優雅に会場を後にした。その背中に注がれる視線は、同情や哀れみ、そして少しの好奇心が混じっていたが、彼女は一切それに答えなかった。

外に出た瞬間、冷たい夜風が彼女の頬を撫で、現実を再び突きつける。ここでの未来はもうない。愛され、尊敬される王妃としての人生は、今まさに終わろうとしている。だが、それがすべてではないはずだと、エリスの心の奥で何かが叫んでいた。


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エリスは屋敷に戻ると、誰の手も借りずに自分の部屋へと向かった。重々しい扉を閉め、広々とした部屋の中で彼女はようやく一人になれた。そこには、豪華な家具や衣装が並んでいたが、今となっては何の意味もない。ただ虚しいだけの物に過ぎなかった。彼女は長い間、その場に立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと歩き出し、ドレッサーの引き出しを開けた。

そこには、祖母から譲り受けた古い家宝――竜の紋章があった。この紋章は代々、リデル家に伝わるものであり、伝説の竜姫の血を受け継ぐ者にだけ与えられるものだという。エリスの祖母は、彼女がまだ幼い頃、この紋章の力について教えてくれたが、エリスはその力を恐れて封印してきた。自らが普通の伯爵令嬢であり続けたいと願っていたからだ。しかし、今やその普通であることに何の価値もないことが明らかになった。

エリスは紋章をそっと手に取り、深い呼吸をした。心の奥底で何かが変わり始めているのを感じた。今までは、誰かに頼り、誰かに認められることが自分の存在意義だと思っていた。しかし、婚約破棄を受け、彼女は初めて自分自身と向き合うことになったのだ。

「私は……誰でもない。私は私だ。」

その瞬間、紋章が光を放ち、エリスの体に暖かい力が満ち溢れた。これは竜姫の血が目覚めた証。彼女は祖母から受け継いだ力を解放し、真の自分を取り戻したのだ。髪が風に舞い上がり、瞳には黄金色の輝きが宿る。これまで隠していた自らの力が、体の中から溢れ出すのを感じた。

「もう誰にも支配されない。これからは、私の力で私の未来を作る。」

その決意と共に、エリスは完全に覚醒した。婚約破棄など、もはや小さな出来事に過ぎない。彼女はこれから新たな道を歩むのだ。そしてその道は、かつての婚約者であるレオンやルシアに左右されるものではなく、自らの意志で切り拓くものである。


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エリスは決意を胸に、再び屋敷を出た。彼女が向かうのは、かつて竜姫たちが眠るとされる古の神殿。そこに辿り着けば、さらに力を増し、誰もが彼女を無視できない存在となるだろう。

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