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第一章: 帝国への嫁入り
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馬車は荒野を越え、エルフォード王国からカルディナ帝国へと進んでいた。車輪の音が規則的に響き、時折風が窓の隙間から吹き込む。その冷たい空気がヴェルサティスの不安をさらに煽る。彼女は窓の外に広がる風景を見つめながら、これから何が起こるのかを考え続けていた。
侍女は相変わらずほとんど口を開かない。答えられる質問にも限りがあるのか、ヴェルサティスの問いかけには「申し訳ありません」の一言で返されるばかりだった。だが、彼女の沈黙がかえって多くのことを物語っていた。この婚姻が祝福されるべきものではないことを。
「カルディナ帝国の皇帝陛下とは、どのような方なの?」
沈黙に耐えきれず、ヴェルサティスは問いかけた。少しでも情報を得たかったのだ。
侍女は驚いたように顔を上げたが、すぐに視線を伏せた。
「…非常にご立派な方と聞いております。ただ、その……冷徹で厳しい統治者だとも……。」
冷徹――その言葉に、ヴェルサティスの胸は一瞬強く締め付けられた。冷徹で厳しい皇帝の元へ送られる。それは祝福の婚姻どころか、やはり人質としての価値しか見出されていない証拠ではないか。
「私を捨て駒にしたということね。」
彼女は小さく呟き、拳を握りしめた。エルフォード王国を支える一人の王族として、国民のために動きたいと願ったのに、その答えがこれだった。家族に見捨てられ、尊厳を踏みにじられた悔しさが胸を焼きつける。
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数日後、馬車はカルディナ帝国の首都に到着した。城門を越え、広大な街並みが視界に広がったとき、ヴェルサティスは驚きに目を見張った。エルフォード王国の貧しい街並みとは全く異なり、ここでは市民たちが豊かに暮らしているのが一目で分かった。道端には賑やかな露店が並び、人々の顔には笑顔が浮かんでいる。子どもたちは暖かそうな服を身にまとい、通りで遊んでいる。
「これが……帝国?」
ヴェルサティスは思わず呟いた。その光景は、彼女が想像していたものとはあまりにも違った。カルディナ帝国はエルフォード王国と敵対する冷たい国だと思っていたが、そこに広がるのは繁栄と活気だった。
馬車はさらに進み、やがて巨大な宮殿の前で止まった。壮大な石造りの宮殿は、威厳に満ち、細部に至るまで美しく設計されている。馬車の扉が開かれ、彼女は促されるまま外に出た。冷たい空気が肌を刺すようだったが、同時に胸の奥底で何かがざわめくのを感じた。
「ようこそ、カルディナ帝国へ。」
低く落ち着いた声が響く。声の主に目を向けると、そこには彼女の婚姻相手――アレクサンデル・カルディナ皇帝が立っていた。
彼は背が高く、冷たい青い瞳が印象的だった。その鋭い眼差しには、長年の経験と冷徹な判断力が滲み出ていた。黒と金を基調とした装束をまとい、彼の立つ姿は威圧的ですらあった。
「陛下、私はヴェルサティス・エルフォードです。このたびの婚姻に際し、どうぞよろしくお願いいたします。」
ヴェルサティスは精一杯の礼儀を尽くして挨拶をした。しかし、彼女の声は少し震えていた。
アレクサンデルは彼女を一瞥しただけで、口元に薄い笑みを浮かべた。だが、それは温かみのない笑みだった。
「歓迎しよう。だが、そなたがここに来た理由を忘れるな。この婚姻が単なる儀礼であることを理解しているだろう。」
その言葉に、ヴェルサティスの胸がさらに重く沈む。この婚姻は表向きこそ平和の象徴だが、実際には彼女が人質として差し出されたに過ぎないのだ。
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宮殿内の一室に案内されると、ヴェルサティスはしばらくその場に立ち尽くした。部屋は豪華そのもので、細部に至るまで美しく整えられている。しかし、その美しさがかえって彼女には冷たく感じられた。
「この部屋が今日から王女様のお部屋となります。」
侍女が言うと、そっと部屋を退出していった。ヴェルサティスは重い扉が閉じる音を聞きながら、改めて自分の置かれた状況を考えた。
私はこの国で何をすればいいのだろうか?
エルフォード王国では、自分の意志が無視され、家族に見捨てられた。そして今、カルディナ帝国では、人質という立場で監視される日々が始まるのだろう。この国で自分の意志を示すことはできるのだろうか。希望と不安が入り混じる中、ヴェルサティスは深く息をついた。
その夜、窓から見える帝国の街の光を見ながら、彼女は心の中で誓った。
私はもう王族に縛られるだけの存在ではない。この国で、私の意志を示してみせる。
未知の国での生活がどのように展開していくのか、それはまだ誰にも分からなかった。だが、ヴェルサティスの心に宿った決意は、この冷たい宮殿の中で確かな灯火となり始めていた。
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