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プロローグ
しおりを挟む冬の朝、エルフォード王国の王城は冷たい霧に包まれていた。石造りの廊下を吹き抜ける風は冷たく、窓から差し込むわずかな陽光もその寒さを和らげることはなかった。城の奥深く、第三王女ヴェルサティス・エルフォードは薄暗い自室に閉じ込められていた。
数日前、彼女は国王である父ラウルに、国民を苦しめる貴族たちの在り方について問いただした。「この国の未来のために、市民たちを守るべきです」と訴えた彼女だったが、その言葉は父の怒りを買い、王族や貴族たちからの嘲笑を浴びた。
「小娘が政治に口を出すな!」
ラウル国王の怒声が玉座の間に響き渡った。その場に居合わせた第一王子エドワードと第四王女カトリーナも冷笑を浮かべた。
「父上の言う通りだな。お前のような甘い考えでは国を動かせるはずがない。」
エドワードの冷たい言葉がヴェルサティスの胸に突き刺さった。
「正義の使者を気取った結果がこれね。」
カトリーナの侮蔑の視線を浴びながら、ヴェルサティスは何も言い返せなかった。その結果、彼女は「王室の秩序を乱した」として自室に軟禁されることになったのだ。
薄暗い部屋の中で、ヴェルサティスは窓から見える曇り空をじっと見つめていた。王女として育った彼女には、何もできない自分の無力さが苦しく感じられた。それでも、心の奥底には、いつかこの状況を変えられる日が来るのではないかという微かな希望が残っていた。
しかし、その希望は突然訪れた知らせによって大きく揺らぐことになる。
---
「王女様、すぐに支度を。」
突然部屋に入ってきた侍女の声が、静寂を破った。ヴェルサティスは驚いて振り返る。
「何の支度ですか?」
侍女の表情には緊張が滲んでいたが、何も答えない。ただ机の上に簡素なドレスを置き、急ぐよう促すだけだった。
「どういうこと?私は軟禁されていたはずよ。なぜ突然――」
問いかけるヴェルサティスを無視するように、侍女たちは黙々と彼女の支度を始めた。その様子に、ただならぬ事態であることを彼女は感じ取った。
支度が終わると、侍女たちに促されるまま廊下を歩かされる。いつもなら衛兵や侍女で賑わう王城内は妙に静かで、不気味なほどの重々しさが漂っていた。どこへ向かうのかも知らされないまま、彼女は王城の正門に辿り着く。
門の前には、豪華な装飾が施された馬車が待っていた。その前に立っているのは、第一王子エドワードと第四王女カトリーナだった。
---
「随分と立派な見送りね。」
ヴェルサティスは皮肉を込めてそう言ったが、二人は答えなかった。ただ冷笑を浮かべるだけだった。
「ようやく厄介者がいなくなるわけだ。帝国でせいぜい良い見せ物になるといい。」
エドワードが淡々とした口調で言い放つ。
「捨て駒として送り出される気分はどうかしら?」
カトリーナは侮蔑の目でヴェルサティスを見下ろした。
「……どういうこと?」
ヴェルサティスは二人の言葉の意味を掴めないまま馬車に押し込まれた。扉が閉じられ、揺れる馬車が動き出すと同時に、城の景色が徐々に遠ざかっていく。
---
車内には、侍女が一人付き添っていた。彼女に向かってヴェルサティスは問いかけた。
「一体どこへ向かうの?」
しばらく黙っていた侍女が、震える声で答える。
「カルディナ帝国です。……王女様は、帝国の皇帝陛下との婚姻のために送られます。」
「婚姻?帝国に?なぜ私が?」
ヴェルサティスは驚き、動揺した。カルディナ帝国は隣国であり、エルフォード王国とは長年緊張関係にあった。それが突然の婚姻とは――。
「私が人質にされたということね。」
口に出した言葉に、侍女は何も答えない。それが、彼女の疑念を確信へと変えた。
---
馬車の窓から、遠ざかる王城を見つめながら、ヴェルサティスの胸に怒りが込み上げてきた。王族の誰一人として、自分に事情を説明しようとせず、見捨てるように送り出した。その冷たい仕打ちが、彼女の中でくすぶっていた復讐心を強く燃え上がらせた。
「私を見捨てるなら、私もあなたたちを見捨てる。」
小さな声でそう呟きながら、彼女は心の中で誓った。
自分の命がどう扱われるかはわからない。それでも、ただ流されるつもりはない。私はこの手で運命を掴む――必ず。
馬車は速さを増し、エルフォード王国の領地を越え、未知の帝国へと進んでいった。冷たい風が車内にも吹き込む中、彼女の瞳には希望と怒り、そして決意が宿っていた。
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