上 下
2 / 4

第2章:新しい日々と隠された陰謀

しおりを挟む


アルテア・グラウンドルは、婚約破棄から数日後も、以前と変わらない優雅な生活を送っていた。王宮での一件が大きな噂となり、貴族たちの間で彼女の名はさらに広がったが、彼女自身はそれを意に介さない様子だった。むしろ、婚約者という足枷を失ったことで、より自由を感じていた。

その日の朝、アルテアは父である侯爵との朝食を共にしていた。
「婚約破棄の件だが、まだ噂が絶えないようだな。」
侯爵は食事をしながら呟くように言った。
「ええ、でも問題ありません。噂など、いずれ消えるものです。」
アルテアはフォークを持ちながら淡々と答えた。
「それに、私が何もしていなくても、エドガー殿下とセリアが新たな話題を提供してくれるでしょうから。」
その冷静な分析に、侯爵は苦笑するほかなかった。


---

午前中、アルテアは図書室で過ごしていた。彼女の趣味である学問への探究は、自由を得た今、さらに深まっていた。本を読みながら、ふと考えた。

(セリアという平民の娘。彼女はただの恋人として殿下に近づいただけではない。背後に何かがある……)

アルテアは自分の直感を信じることにしていた。セリアの行動には不審な点が多かった。平民でありながら貴族たちの輪に入り込むための術を知り尽くしているかのようだった。何か裏がある、と彼女は確信していた。


---

その日の午後、アルテアは社交界の集まりに参加した。婚約破棄後の彼女に対し、同情や興味を抱く人々が多く、彼女が現れると会場は一気に賑わった。

「アルテア様、あの出来事の後もこんなにお美しいなんて……!」
「まったく第一王子殿下は何を考えているのでしょうね?」
「平民の娘に心を奪われるなんて、愚かしい限りですわ。」

集まる女性たちが口々にそう言う中、アルテアは軽く微笑みながら会話を受け流した。彼女は自分の地位を守る術を知っていた。それは表面上の感情を上手に隠し、相手に合わせる技術だ。
「まあ、私はただ自由になれたことを喜んでいるだけですわ。」
そうさらりと言うと、女性たちは再び彼女の強さに感嘆した。


---

その夜、アルテアのもとに密かに調査を進めていた侍女のリリアが報告に来た。
「お嬢様、セリアという平民についての新たな情報を入手しました。」
「そう、話してちょうだい。」
アルテアはリリアに椅子を勧め、じっと耳を傾けた。

「セリアはただの平民ではありません。彼女は裏社会に通じており、どうやらある商人の庇護を受けているようです。」
「庇護?」
「ええ。彼女が背後に持つ商人は、貴族たちの弱みを握って取引をしている人物です。その商人の支援を受けて、セリアは王宮に近づいたようです。」

アルテアは少し考え込んだ。
「つまり、セリアが殿下に近づいたのは、単なる愛情からではなく、計画的なものということね。」
「その可能性が高いです。」
リリアの言葉に、アルテアは静かに頷いた。

(このまま放置しておけば、いずれ王国全体に悪影響を及ぼすかもしれない。だが、私が動くのはまだ早い。証拠が十分に揃うまで待つべきだわ……)


---

翌日、アルテアは近隣の村で開かれる市に出かけることにした。息抜きのためだったが、それだけではない。貴族としての立場を活かして情報を集めるためでもあった。村では、普段では聞けないような庶民の噂が飛び交うことが多い。

「アルテア様、本日はご視察でございますか?」
「ええ、少し散歩がしたくて。」
彼女が微笑むと、村人たちは安心した様子で会話を続けた。

しばらく市場を歩いていると、ふと興味深い話を耳にする。
「平民の娘が王子様に取り入ったって噂、あれ本当かね?」
「ああ、本当さ。その娘、なんでも裏で怪しい商売をしてるって話だよ。」
「そういう奴に限って、いつか化けの皮が剥がれるもんさ。」

アルテアは立ち止まり、さりげなく話の続きを聞いた。確信はなかったが、彼女が集めていた情報と一致する部分が多い。この件をさらに深く調べる必要があると感じた。


---

帰宅後、アルテアは自室で書き物をしていた。
(エドガー殿下がどうなるかは私の知ったことではない。けれど、王国が危機に瀕するような事態は避けなければ……)

彼女は冷静に今後の行動を計画していた。あえて表立った動きを見せず、影で情報を集め続けることに決めた。侍女たちと信頼できる協力者を通じて、セリアの動向を追い続ける。

「自由になった今だからこそ、私はもっと賢く、もっと強くならなければならないわ。」
アルテアは自らにそう言い聞かせた。彼女の瞳には強い決意が宿っている。

この静かで優雅な侯爵令嬢が、やがて王国全体を揺るがす大きな力となることを、まだ誰も知らなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

濡れ衣を着せてきた公爵令嬢は私の婚約者が欲しかったみたいですが、その人は婚約者ではありません……

もるだ
恋愛
パトリシア公爵令嬢はみんなから慕われる人気者。その裏の顔はとんでもないものだった。ブランシュの評価を落とすために周りを巻き込み、ついには流血騒ぎに……。そんなパトリシアの目的はブランシュの婚約者だった。だが、パトリシアが想いを寄せている男はブランシュの婚約者ではなく、同姓同名の別人で──。

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

【完結】婚約破棄だと殿下が仰いますが、私が次期皇太子妃です。そこのところお間違いなきよう!

つくも茄子
恋愛
カロリーナは『皇太子妃』になると定められた少女であった。 そのため、日夜、辛く悲しい過酷な教育を施され、ついには『完璧な姫君』と謳われるまでになった。 ところが、ある日、婚約者であるヨーゼフ殿下に婚約破棄を宣言されてします。 ヨーゼフ殿下の傍らには綿菓子のような愛らしい少女と、背後に控える側近達。 彼らはカロリーナがヨーゼフ殿下が寵愛する少女を故意に虐めたとまで宣う。這いつくばって謝罪しろとまで言い放つ始末だ。 会場にいる帝国人は困惑を隠せずにおり、側近達の婚約者は慌てたように各家に報告に向かう。 どうやら、彼らは勘違いをしているよう。 カロリーナは、勘違いが過ぎるヨーゼフ殿下達に言う。 「ヨーゼフ殿下、貴男は皇帝にはなれません」 意味が分からず騒ぎ立てるヨーゼフ殿下達に、カロリーナは、複雑な皇位継承権の説明をすることになる。 帝国の子供でも知っている事実を、何故、成人間近の者達の説明をしなければならないのかと、辟易するカロリーナであった。 彼らは、御国許で説明を受けていないのかしら? 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【短編】婚約者に虐げられ続けた完璧令嬢は自身で白薔薇を赤く染めた

砂礫レキ
恋愛
オーレリア・ベルジュ公爵令嬢。 彼女は生まれた頃から王妃となることを決められていた。 その為血の滲むような努力をして完璧な淑女として振舞っている。 けれど婚約者であるアラン王子はそれを上辺だけの見せかけだと否定し続けた。 つまらない女、笑っていればいいと思っている。俺には全部分かっている。 会う度そんなことを言われ、何を言っても不機嫌になる王子にオーレリアの心は次第に不安定になっていく。 そんなある日、突然城の庭に呼びつけられたオーレリア。 戸惑う彼女に婚約者はいつもの台詞を言う。 「そうやって笑ってればいいと思って、俺は全部分かっているんだからな」 理不尽な言葉に傷つくオーレリアの目に咲き誇る白薔薇が飛び込んでくる。 今日がその日なのかもしれない。 そう庭に置かれたテーブルの上にあるものを発見して公爵令嬢は思う。 それは閃きに近いものだった。

妹のことを長年、放置していた両親があっさりと勘当したことには理由があったようですが、両親の思惑とは違う方に進んだようです

珠宮さくら
恋愛
シェイラは、妹のわがままに振り回される日々を送っていた。そんな妹を長年、放置していた両親があっさりと妹を勘当したことを不思議に思っていたら、ちゃんと理由があったようだ。 ※全3話。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

夫が浮気をしたので、子供を連れて離婚し、農園を始める事にしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 10月29日「小説家になろう」日間異世界恋愛ランキング6位 11月2日「小説家になろう」週間異世界恋愛ランキング17位 11月4日「小説家になろう」月間異世界恋愛ランキング78位 11月4日「カクヨム」日間異世界恋愛ランキング71位 完結詐欺と言われても、このチャンスは生かしたいので、第2章を書きます

完結 愛人と名乗る女がいる

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、夫の恋人を名乗る女がやってきて……

処理中です...