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第2章: 母親との初対面
しおりを挟む週末、智浩は約束通り純を「恋人」として母親に紹介するため、母親が予約してくれたホテルのラウンジへと向かった。純は演劇サークルで培ったメイク技術を駆使し、見事に女性らしい装いを完成させていた。智浩は純の姿を見て驚嘆し、心の中で再度感謝しつつも、「ここまでやってくれるとは」と内心で驚きを隠せなかった。
「お前、いつも演劇でやってるとはいえ、ここまで本気でやるとは思わなかったよ」
「言っただろう?一度だけだって。だから、どうせやるなら完璧にやり遂げるさ」
純は鏡に映る自分を見て小さく笑った。その横顔はまるで本物の女性のようで、智浩ですら少し戸惑ってしまうほどだった。智浩は気を引き締め、純と共にホテルのロビーで待つ母親の元へと向かった。
ロビーで待っていた母親は、智浩たちが姿を現すとすぐに立ち上がり、にこやかな笑顔で二人を迎えた。
「智浩、そして純さん、今日はありがとう。さあ、席に着きましょう」
母親は丁寧に挨拶する純を見て、すぐにその気品と美しさに感嘆の声を漏らした。「まあ、智浩ったら素敵な方を選んだのね。本当にお綺麗で、礼儀も正しいなんて…うれしいわ」
純はにこやかに微笑んで、智浩の母親にお辞儀をした。「初めまして、智浩さんのお母様。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
その言葉遣いや表情には全く隙がなく、さすが演劇部で鍛えられた技術が活かされていた。智浩はその様子に感心しつつ、無事に母親を騙せていることに安堵を覚えた。しかし母親の視線が純に向けられるたび、その目には疑いの余地など微塵もない様子が伺え、逆に不安も感じた。
「純さんはどちらのご出身なの?ご家族のこともお聞きしたいわ」
母親は早速、純の素性について尋ね始めた。これは予想していた質問ではあったが、智浩は一瞬言葉を失い、純の顔を見てしまった。純は少しだけ戸惑いを見せたものの、すぐに切り替えて自然な笑顔を浮かべた。
「はい、実はあまり裕福な家庭ではないので…智浩さんのお母様のように素敵な方とお会いするのは少し緊張します。でも、智浩さんと出会ってからは毎日がとても楽しいです」
その答えに母親はさらに感動したようで、「そんな素敵な心を持った方なら、智浩とお似合いね」と満面の笑みを浮かべた。智浩は内心冷や汗をかきながらも、無事に場を切り抜けられたことに胸を撫で下ろした。
ランチを進めながら、母親は智浩と純の「馴れ初め」について興味津々で質問を繰り返した。「智浩と初めて会った時のことを教えてもらえないかしら?」
智浩は焦ってしまい、うまく話を作ることができなかったが、純が機転を利かせて自然なエピソードを語り始めた。「実は、大学のサークルで出会ったんです。智浩さんが何かのイベントで困っていたところを手伝ったのがきっかけでした」
その話を聞いた母親はうなずき、「まあ、まるで運命の出会いみたいね」と嬉しそうに微笑んだ。智浩はただ頷き、純の巧みな演技に感心するばかりだった。母親が智浩の手を握り、「こんな素晴らしい方を見つけたなんて、母さんは本当に誇りに思うわ」と言った瞬間、智浩の胸にわずかな罪悪感が湧き上がった。
食事が終わる頃、母親はすっかり純を気に入り、さらに「これからも純さんと一緒に何度も会いたい」と言い出した。智浩は内心で慌てたが、純が丁寧に笑顔を見せながらうなずいた。
「もちろん、お母様。お会いできるのを楽しみにしています」
智浩は心の中で「うわ、これはまずい」と思ったが、母親が満足げにしている姿を見ると、とても否定する気にはなれなかった。
食事が終わって別れ際、母親は純に向かって言った。「またすぐにでも会いたいわ。今度は一緒に買い物にでも行きましょう」
智浩と純はその申し出に驚きつつも、ただ笑顔で応じるしかなかった。そして二人がホテルを出た後、智浩は深いため息をついた。
「お前、すごいな。本当に完璧だった。でも、こんなに気に入られるとは思わなかったよ」
純は小さく肩をすくめ、「僕もここまでとは思わなかったけど、まあ、君のために頑張ったさ」と答えた。彼の言葉には少し冗談めいた調子が含まれていたが、智浩は心から感謝の気持ちを抱いた。
「本当にありがとう。でも、これで終わりに…ならないよな、たぶん」
純はため息をつきながら、「そうだね。君のお母さんは僕を気に入ってしまったみたいだし、しばらくは付き合わなきゃいけないかも」と返した。その言葉に智浩は頭を抱えつつも、どこか嬉しさも感じていた自分に戸惑っていた。
こうして、母親との「一度きりの対面」のはずだったものが、さらなる偽装デートへと発展する予感を抱えたまま、智浩と純はそれぞれの道を帰路に着いた。
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