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第1章: 「婚約破棄と追放」

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アプリオ・エルノワールは王都随一の名家であるエルノワール伯爵家の令嬢として生まれ、厳格な教育を受けて育った。容姿端麗で、文武に秀で、家事や礼儀作法も完璧にこなす。誰もが認める完璧な淑女だった彼女は、将来の国王候補である第一王子、レオノールとの婚約者に選ばれ、そのまま王妃としての未来を約束されていた。

しかし、アプリオの安泰であったはずの未来が、ある日、突然音を立てて崩れ去ることになる。ある昼下がり、宮殿に呼ばれたアプリオは、心臓を抉られるような言葉を王子から告げられた。

「アプリオ、お前との婚約を破棄する」

言葉の意味を理解するまでに、数秒の沈黙が流れた。婚約破棄という響きが耳に残り、胸に冷たい石が詰まるような感覚が広がっていく。アプリオは必死に言葉を探し、震える声で問い返した。

「……どうしてですか、レオノール様。私に何か不手際があったでしょうか」

王子は冷たい表情を崩さず、隣にいる麗しい姿の女を見やった。その女は、最近宮廷に出入りし始めたばかりの女性で、王子の愛人だと噂されていた。

「お前は嫉妬深く、冷酷で、愛情を理解しない女だと聞いている。彼女とは違う」

女は得意げな笑みを浮かべ、アプリオに一瞥をくれた。背中に冷や汗が流れる。彼女に対する嫉妬心など一度も抱いたことはなかったが、そんな根拠のない噂が広まっていることに驚きを隠せなかった。

「それは……何かの誤解です。私が嫉妬深いなどというのは……」

「それだけではない」レオノールは鋭く言葉を遮った。「お前が宮廷内で多くの者に不快感を与えているのは事実だ。これ以上、私の婚約者としてそばに置くわけにはいかない」

アプリオは息を呑んだ。彼の言葉に隠された残酷さと軽蔑が、胸に突き刺さるようだった。自分の行動を振り返っても、誰かに不快な思いをさせた覚えはない。しかし、王子の言葉は絶対であり、何を言っても無駄であることがその表情から伝わってきた。

「それでは……伯爵家としての立場は……」

か細い声で尋ねたアプリオに、レオノールは冷ややかな目を向けた。

「エルノワール伯爵家はこれからも王国の貴族として存続するだろう。しかし、伯爵家の面目を守るためには、お前には身を引いてもらう必要がある」

それは、アプリオを家族からも切り離すという意味だった。婚約破棄だけでなく、彼女自身が家族にとっての恥と見なされ、完全に追放されることが決まったのだ。

その日から、アプリオにとっては暗い日々が始まった。家族もまた王子の意向を支持し、彼女を冷たく扱った。かつては親しみを持って接してくれていた兄や姉までもが、彼女を責めるような目で見つめ、親である伯爵夫妻も、彼女が家の名誉を汚したと決めつけ、罵倒の言葉を浴びせた。

「お前は一族の恥だ。お前のせいで我が家の評判がどれだけ傷ついたと思っている!」

伯爵の激しい声が、アプリオの心に突き刺さる。彼女が何をしたのかも分からないまま、すべての非難が自分に降りかかり、耐え難い孤独と苦しみに押しつぶされそうだった。

そして数日後、アプリオは正式に追放されることが決まり、わずかな衣服と金銭だけを持たされて、城下町へと送り出された。かつての華やかな生活は失われ、誰も彼女を助ける者はいなかった。

城下町を歩く中で、周囲からの冷たい視線を感じた。かつての知り合いであっても、今では誰一人として挨拶を交わそうとはしなかった。噂はすでに広がっており、彼女が「嫉妬深い冷酷な女」として貶められていることを人々は信じていた。涙が込み上げてくるのを必死に堪えながら、アプリオは人目を避けて町外れの道を歩き続けた。

そんな彼女の歩みが止まったのは、町からさらに離れた小さな村の入り口だった。見知らぬ土地にたどり着き、足元がふらつきながらも、アプリオはここで何か新しい生活を始めるしかないと決意する。

「今までの私が偽りならば、ここで本当の私を見つけ出すしかないわね……」

そう呟き、彼女は静かに村の中へと足を踏み入れた。

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