6 / 7
第五章:再会と新たな決意
しおりを挟むフィオナが呪いの元凶を打ち破ってから数週間が経った。王都では徐々に平和が戻り、人々の生活は再び活気を取り戻しつつあった。彼女がもたらした「奇跡の薬」はさらに広まり、今や貴族たちの間でも話題となっていた。フィオナはこれまで以上に忙しくなり、王都の医師団と共に仕事を続けていたが、彼女の心の中には、一つの大きな不安がくすぶっていた。
「また、会うことになるかもしれない……」
その不安は、かつての婚約者、王太子レオナルドとの再会だった。彼女が王都に戻ってきたこと、そして薬師としての成功は、彼の耳に届いているはずだ。それだけでなく、フィオナの名は貴族たちの間で再び注目され始めていた。かつて彼女を蔑んだ者たちが、今の彼女をどう見るのか――そう考えるだけで、フィオナは胸の奥に複雑な感情を抱いていた。
---
ある日のこと、フィオナはいつものように治療室で薬を調合していた。そこに、カイルが訪ねてきた。
「フィオナさん、今日は少し早めに休んでもらえませんか?」
カイルは真剣な表情でフィオナを見つめた。その様子に、彼女は首を傾げた。
「どうしたの? まだ仕事が残っているけど……」
フィオナがそう答えると、カイルは小さくため息をついて続けた。
「実は、今日の夕方、王宮での晩餐会に招待されているんです。あなたもぜひ参加してほしい。実は、王室から直接依頼があって……どうやら王太子があなたに会いたがっているようです」
その言葉を聞いた瞬間、フィオナの心臓が一瞬止まったかのように感じた。
「……レオナルドが?」
カイルは静かに頷いた。
「ええ、彼はあなたが王都に戻ってきて、薬師として成功していることを知っているようです。あなたが救った多くの命のことも聞いている。だからこそ、彼は直接会って話をしたいと言っています」
フィオナは言葉を失った。再会を避けることはできないかもしれないと思っていたが、いざその時が来ると、複雑な感情が渦巻いていた。かつて彼女を捨てたレオナルドが、今さら何を話したいのか。自分のことを見下し、冷たく婚約を破棄した彼に対して、フィオナはどのように対処すればいいのか、まだ答えが見つかっていなかった。
「私は……」
一瞬迷いがあったが、フィオナは深呼吸をして自分を落ち着かせた。今の彼女は、かつての弱い自分ではない。自分の力で成功を収めた。もしレオナルドが彼女に何かを言いたいのであれば、堂々とそれを聞く覚悟が必要だ。
「わかったわ。行くことにする」
カイルは少し安心した様子で微笑んだ。
「よかった。では、夕方に馬車を手配します。準備を整えておいてください」
フィオナは頷き、カイルが部屋を出ていった後、しばらく考え込んだ。
「彼が私に何を言おうとしているのか……」
その答えは夕方に明らかになるだろう。フィオナは心を決め、晩餐会の準備を始めた。
---
夕方、フィオナはカイルと共に王宮へ向かった。久しぶりに訪れた王宮は、かつての記憶を呼び起こす場所だった。豪華な装飾に彩られた大広間、優雅に振る舞う貴族たち、そして、あの日、レオナルドに婚約を破棄された場所でもある。
彼女の胸には小さな緊張があったが、今はそれを押し殺して進むしかない。
「こちらです、フィオナさん」
カイルに促され、彼女は大広間に足を踏み入れた。そこにはすでに多くの貴族たちが集まり、華やかな宴が繰り広げられていた。しかし、その中でもひときわ目立つ存在――王太子レオナルドの姿が、フィオナの視界に入った。
レオナルドは彼女を見つけると、ゆっくりと歩み寄ってきた。彼の表情は以前と変わらず、冷静でありながらもどこか高慢な雰囲気が漂っていた。
「フィオナ……久しぶりだな」
彼の声は柔らかかったが、その一言でフィオナの心は複雑な感情で揺れ動いた。久しぶりに彼の顔を見たが、そこにかつての彼に対する想いはもうなかった。むしろ、彼女の心には冷静さが残っていた。
「ええ、久しぶりね。あなたに呼ばれて来たけれど、何か話があるのかしら?」
フィオナの言葉は端的であり、レオナルドが何を言いたいのか、さっさと聞きたいという意志が込められていた。彼女の態度に、レオナルドは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「君が王都に戻ってきたこと、そして薬師として成功していることは聞いている。君が救った多くの命に、王室も感謝している」
「ありがとう。でも、それだけなら、手紙でも十分だったはずよ。わざわざ晩餐会に呼んだ理由は?」
フィオナの冷静な返答に、レオナルドは少し表情を曇らせたが、次の瞬間、彼は真剣な目でフィオナを見つめた。
「実は……私が君に話したいことは、他でもない。私と、再び婚約を考えてほしいということだ」
その言葉を聞いた瞬間、フィオナの心は大きく揺れ動いた。まさか、彼がそんなことを言うとは予想していなかった。
「婚約を……考え直せって?」
フィオナは一瞬、言葉を失った。彼女を「平凡でつまらない」と捨てた男が、今になって婚約をやり直したいというのだ。
「君が持つ力は、王国にとっても非常に重要だ。それに、私もかつての判断が誤りだったと認める。だから、もう一度やり直したい」
フィオナは驚きを隠せずにレオナルドを見つめた。彼がここまで頭を下げてくるとは思ってもいなかった。しかし、彼の言葉にあるのは、純粋な気持ちではなく、計算と打算のにおいが漂っていた。フィオナは静かにため息をつき、冷ややかな目で彼を見つめた。
「私はもう、かつてのフィオナ・アスタークではないわ。あなたに捨てられたあの日から、私は自分の力で生きてきた。そして、その力を使って王国に貢献してきた。だから、今さらあなたに縋るつもりはない」
フィオナの断固とした言葉に、レオナルドは一瞬言葉を失った。そして、その顔には焦りが浮かび上がった。
「フィオナ、待ってくれ。私たちは……」
「もう、私たちという関係は終わったのよ。あなたに捨てられた時にね」
フィオナはそれ以上の言葉を待たず、踵を返してその場を去った。彼女にはもう、レオナルドの言葉に揺れ動かされる理由はなかった。
7
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む
柴野
恋愛
おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。
周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。
しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。
「実験成功、ですわねぇ」
イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
「聖女に比べてお前には癒しが足りない」と婚約破棄される将来が見えたので、医者になって彼を見返すことにしました。
ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
「ジュリア=ミゲット。お前のようなお飾りではなく、俺の病気を癒してくれるマリーこそ、王妃に相応しいのだ!!」
侯爵令嬢だったジュリアはアンドレ王子の婚約者だった。王妃教育はあんまり乗り気ではなかったけれど、それが役目なのだからとそれなりに頑張ってきた。だがそんな彼女はとある夢を見た。三年後の婚姻式で、アンドレ王子に婚約破棄を言い渡される悪夢を。
「……認めませんわ。あんな未来は絶対にお断り致します」
そんな夢を回避するため、ジュリアは行動を開始する。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる