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第五章:再会と新たな決意

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フィオナが呪いの元凶を打ち破ってから数週間が経った。王都では徐々に平和が戻り、人々の生活は再び活気を取り戻しつつあった。彼女がもたらした「奇跡の薬」はさらに広まり、今や貴族たちの間でも話題となっていた。フィオナはこれまで以上に忙しくなり、王都の医師団と共に仕事を続けていたが、彼女の心の中には、一つの大きな不安がくすぶっていた。

「また、会うことになるかもしれない……」

その不安は、かつての婚約者、王太子レオナルドとの再会だった。彼女が王都に戻ってきたこと、そして薬師としての成功は、彼の耳に届いているはずだ。それだけでなく、フィオナの名は貴族たちの間で再び注目され始めていた。かつて彼女を蔑んだ者たちが、今の彼女をどう見るのか――そう考えるだけで、フィオナは胸の奥に複雑な感情を抱いていた。


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ある日のこと、フィオナはいつものように治療室で薬を調合していた。そこに、カイルが訪ねてきた。

「フィオナさん、今日は少し早めに休んでもらえませんか?」

カイルは真剣な表情でフィオナを見つめた。その様子に、彼女は首を傾げた。

「どうしたの? まだ仕事が残っているけど……」

フィオナがそう答えると、カイルは小さくため息をついて続けた。

「実は、今日の夕方、王宮での晩餐会に招待されているんです。あなたもぜひ参加してほしい。実は、王室から直接依頼があって……どうやら王太子があなたに会いたがっているようです」

その言葉を聞いた瞬間、フィオナの心臓が一瞬止まったかのように感じた。

「……レオナルドが?」

カイルは静かに頷いた。

「ええ、彼はあなたが王都に戻ってきて、薬師として成功していることを知っているようです。あなたが救った多くの命のことも聞いている。だからこそ、彼は直接会って話をしたいと言っています」

フィオナは言葉を失った。再会を避けることはできないかもしれないと思っていたが、いざその時が来ると、複雑な感情が渦巻いていた。かつて彼女を捨てたレオナルドが、今さら何を話したいのか。自分のことを見下し、冷たく婚約を破棄した彼に対して、フィオナはどのように対処すればいいのか、まだ答えが見つかっていなかった。

「私は……」

一瞬迷いがあったが、フィオナは深呼吸をして自分を落ち着かせた。今の彼女は、かつての弱い自分ではない。自分の力で成功を収めた。もしレオナルドが彼女に何かを言いたいのであれば、堂々とそれを聞く覚悟が必要だ。

「わかったわ。行くことにする」

カイルは少し安心した様子で微笑んだ。

「よかった。では、夕方に馬車を手配します。準備を整えておいてください」

フィオナは頷き、カイルが部屋を出ていった後、しばらく考え込んだ。

「彼が私に何を言おうとしているのか……」

その答えは夕方に明らかになるだろう。フィオナは心を決め、晩餐会の準備を始めた。


---

夕方、フィオナはカイルと共に王宮へ向かった。久しぶりに訪れた王宮は、かつての記憶を呼び起こす場所だった。豪華な装飾に彩られた大広間、優雅に振る舞う貴族たち、そして、あの日、レオナルドに婚約を破棄された場所でもある。

彼女の胸には小さな緊張があったが、今はそれを押し殺して進むしかない。

「こちらです、フィオナさん」

カイルに促され、彼女は大広間に足を踏み入れた。そこにはすでに多くの貴族たちが集まり、華やかな宴が繰り広げられていた。しかし、その中でもひときわ目立つ存在――王太子レオナルドの姿が、フィオナの視界に入った。

レオナルドは彼女を見つけると、ゆっくりと歩み寄ってきた。彼の表情は以前と変わらず、冷静でありながらもどこか高慢な雰囲気が漂っていた。

「フィオナ……久しぶりだな」

彼の声は柔らかかったが、その一言でフィオナの心は複雑な感情で揺れ動いた。久しぶりに彼の顔を見たが、そこにかつての彼に対する想いはもうなかった。むしろ、彼女の心には冷静さが残っていた。

「ええ、久しぶりね。あなたに呼ばれて来たけれど、何か話があるのかしら?」

フィオナの言葉は端的であり、レオナルドが何を言いたいのか、さっさと聞きたいという意志が込められていた。彼女の態度に、レオナルドは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。

「君が王都に戻ってきたこと、そして薬師として成功していることは聞いている。君が救った多くの命に、王室も感謝している」

「ありがとう。でも、それだけなら、手紙でも十分だったはずよ。わざわざ晩餐会に呼んだ理由は?」

フィオナの冷静な返答に、レオナルドは少し表情を曇らせたが、次の瞬間、彼は真剣な目でフィオナを見つめた。

「実は……私が君に話したいことは、他でもない。私と、再び婚約を考えてほしいということだ」

その言葉を聞いた瞬間、フィオナの心は大きく揺れ動いた。まさか、彼がそんなことを言うとは予想していなかった。

「婚約を……考え直せって?」

フィオナは一瞬、言葉を失った。彼女を「平凡でつまらない」と捨てた男が、今になって婚約をやり直したいというのだ。

「君が持つ力は、王国にとっても非常に重要だ。それに、私もかつての判断が誤りだったと認める。だから、もう一度やり直したい」

フィオナは驚きを隠せずにレオナルドを見つめた。彼がここまで頭を下げてくるとは思ってもいなかった。しかし、彼の言葉にあるのは、純粋な気持ちではなく、計算と打算のにおいが漂っていた。フィオナは静かにため息をつき、冷ややかな目で彼を見つめた。

「私はもう、かつてのフィオナ・アスタークではないわ。あなたに捨てられたあの日から、私は自分の力で生きてきた。そして、その力を使って王国に貢献してきた。だから、今さらあなたに縋るつもりはない」

フィオナの断固とした言葉に、レオナルドは一瞬言葉を失った。そして、その顔には焦りが浮かび上がった。

「フィオナ、待ってくれ。私たちは……」

「もう、私たちという関係は終わったのよ。あなたに捨てられた時にね」

フィオナはそれ以上の言葉を待たず、踵を返してその場を去った。彼女にはもう、レオナルドの言葉に揺れ動かされる理由はなかった。

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