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第七章: 戦場の中で

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リーナは、騎士団とともに負傷兵の手当てを続けていた。彼女の癒しの力は、次々と兵士たちの命を救い、その場にいた全員の希望となっていた。だが、戦場での医療活動は思った以上に過酷で、リーナ自身も体力と精神力を削られる日々を過ごしていた。兵士たちのうめき声、戦いの音、そして血の匂い――それらすべてが彼女に重くのしかかっていた。

「少し休んではどうですか? リーナ。」

ルーカスが気遣うように声をかけた。彼もまた戦いに疲れ切っていたが、リーナの消耗はそれ以上であることを理解していた。彼女は自分の力を限界まで使っていたため、体力的にも精神的にも消耗していたのだ。

リーナは息を整えながら、少しだけ笑顔を見せた。

「大丈夫です。まだ、私が癒さなければならない人がいますから……。」

だが、その言葉とは裏腹に、彼女の体は限界に近づいていた。何日もほとんど休まずに癒しの力を使い続けてきたため、徐々にその力が弱まり始めていることを感じていた。それでも、彼女はその手を止めることはできなかった。多くの兵士たちがリーナの力を頼りにしており、彼女がいなければ救われない命があることを知っていたからだ。

しかし、そんな彼女の前に、再び不穏な影が近づいてきた。


---

その夜、リーナはようやく短い休息を取ることができた。彼女は戦場の一角に張られた小さなテントで休み、体力を回復させるために横になっていた。外の夜風が冷たく、テントの中にも冷気が忍び込んでくる。リーナは毛布を体に巻きつけながら、戦場の静寂を感じていた。

その時、外で低い声が聞こえた。最初は風の音かと思ったが、確かに誰かが話しているようだった。リーナは目を閉じたまま耳を澄ませた。

「……あの巫女……王国にとって危険な存在だ……」

その言葉に、リーナは心臓が一瞬止まったような感覚を覚えた。自分のことを話しているのだろうか?彼女はテントの隙間から外を覗き込むと、黒いローブをまとった数人の男たちが小声で話しているのを見つけた。

「巫女の力は強力だ。だが、その力が我々にとって脅威となる可能性がある。今のうちに手を打たねば……」

リーナは息を呑んだ。彼らの言葉から推測するに、彼らはリーナの力を危険視し、何らかの策を講じようとしているらしい。だが、彼女はなぜ自分が脅威とみなされているのか理解できなかった。自分はただ人々を癒すために力を使っているにすぎない。それなのに、どうして危険な存在として見られるのか。

リーナは冷静さを保ちながらも、徐々にその場から逃れる方法を考え始めた。彼らがリーナに危害を加えようとしている可能性が高いからだ。

「待って……私が何をしたというの?」

リーナは心の中で叫んだが、声には出さなかった。彼女はその場で何もできず、ただ彼らの動きを見守るしかなかった。


---

翌朝、リーナは気を引き締めながら、いつも通り負傷者の手当てを再開した。だが、昨夜の会話が頭を離れない。自分が知らぬうちに、何か大きな陰謀に巻き込まれているのではないか――そんな不安が彼女の胸に広がっていた。

「大丈夫ですか、リーナ? なんだか顔色が優れないように見えます。」

ルーカスが心配そうに声をかけてきた。彼はリーナが何か抱えていることに気づいていたが、彼女がそれを話すことはなかった。

「大丈夫です。ただ少し、疲れているだけです。」

リーナはそう言って笑顔を作ろうとしたが、その笑顔はいつもよりも力が入らないものだった。彼女の心は依然として揺れており、何が正しい選択なのかを見失いそうになっていた。

その日の夕方、負傷者の数がさらに増え、リーナは限界を超えて力を振り絞ることを余儀なくされた。だが、癒しの力は確実に弱まっていることを感じ、彼女は恐怖に近い感覚を覚えた。もし、このまま力が尽きたら、もう誰も助けることができなくなってしまう。

「私がもっと強くなければ……」

リーナは自分にそう言い聞かせ、必死に集中しようとした。だが、その時、背後から急に冷たい風が吹き抜け、誰かが彼女に近づいてきた気配を感じた。

「リーナ様、少しよろしいでしょうか?」

その声に振り返ると、そこにはあの黒いローブの男たちが立っていた。彼らは静かにリーナに近づき、冷たい微笑みを浮かべていた。

「あなた方は……」

リーナが言葉を発する前に、男たちは一斉にリーナの周りを囲み、低い声で呪文のような言葉を唱え始めた。その瞬間、リーナの体が急に重くなり、動けなくなった。

「何をするつもりなの……?」

リーナは必死に動こうとしたが、まるで体が石になったかのように動かない。黒いローブの男たちは静かに笑みを浮かべ、リーナを包囲した。

「巫女よ、お前の力は危険だ。我々がその力を封じる必要があるのだ。」

リーナの心臓は激しく鼓動を打ち、全身に冷たい汗が流れた。彼らはリーナの力を封じ込めようとしているのだ。だが、リーナは戦いたくなかった。争いを避けたかったのだ。それなのに、今この瞬間、自分が直接の標的となっていることに気づかされた。

「やめて……!」

リーナは必死に叫んだが、その声は彼らには届かないかのようだった。彼らはますます呪文を強め、リーナの体から力が吸い取られていく感覚が広がっていく。

しかし、次の瞬間、リーナの中で何かが反応した。彼女の力が自ら目覚め、体の中から光が溢れ出したのだ。その光は男たちを弾き飛ばし、リーナの体を守るかのように輝き始めた。

「これは……!」

男たちは驚愕の表情を浮かべ、その場から後退した。リーナはその光に包まれながら、自分が本当に強力な力を持っていることを再認識した。

「私は……」

リーナは静かに立ち上がり、その場に残された男たちを睨みつけた。彼女はこれ以上逃げることはできない。自分の力を正しく使うために、立ち向かう時が来たのだ。

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