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第一章「婚約破棄の宣告」

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リリィーナ・エリスティアは、幼少期から王太子クラウスの婚約者として育てられてきた。彼女は公爵家の令嬢で、王国中でも知性と美貌で知られる才女だった。社交界でのマナーや礼儀、王妃としてのふるまい、さらには王族としての重責に備え、王太子の将来を支える存在として育てられてきた彼女は、まさに「完璧な王妃候補」として周囲から賞賛を浴びていた。

そのため、ある日、突然クラウスから呼び出されたときも、彼女は何の疑いも抱いていなかった。リリィーナは優雅な足取りで宮殿に向かい、王太子との重要な話があるものと思いながら、その場に赴いた。しかし、そこに待っていたのは、彼女の期待を大きく裏切る冷酷な言葉だった。

王太子クラウスはいつになく険しい顔をしており、彼の横には侯爵令嬢ミレーヌが控えていた。ミレーヌは彼女よりも数歳若く、小柄で可愛らしい雰囲気を持っており、その愛らしさで多くの貴族たちから人気を集めている女性だった。リリィーナは一瞬、二人の並びに不穏なものを感じたが、すぐに気を取り直し、礼儀正しく頭を下げた。

「リリィーナ、君を呼んだのは他でもない。……君との婚約を破棄したい」

クラウスの低い声が響き渡り、リリィーナの心臓が一瞬止まったように感じた。婚約を破棄したい——その言葉は、まるで凍てつく刃が心を貫くようだった。しかし、長年王妃としての訓練を受けてきた彼女は、動揺を表に出すことなく、凛とした表情を保ったまま彼の言葉を待った。

「婚約…破棄、でございますか?」

クラウスは一瞬ためらったように見えたが、すぐに視線を逸らし、表情を引き締めた。

「ああ、君は誰もが認める素晴らしい女性だ。しかし、僕はもっと愛らしくて、献身的な女性が自分にはふさわしいと思う。君はあまりに完璧で、僕には少し…窮屈に感じる」

その隣でミレーヌは、勝ち誇ったような微笑みを浮かべていた。まるでリリィーナに対して勝利したかのような態度で、彼女を見下ろしていた。リリィーナはその視線に一瞬だけ内心で不快感を覚えたが、顔には出さず、ただ冷静にその場を見つめていた。

「それが殿下のご意思であるならば、私は潔く受け入れます」

彼女は毅然とした態度を崩さず、淡々とした口調で応じた。リリィーナの冷静な反応にクラウスは少し戸惑ったようだったが、彼は口をつぐんだままだった。長年の婚約者があまりにもあっさりと婚約解消を受け入れたことに驚いたのかもしれない。しかし、リリィーナにとっては、それ以上言葉を交わす必要もなかった。

「それでは、これで失礼いたします」

リリィーナはそのまま優雅に一礼し、クラウスとミレーヌに背を向けて堂々とその場を後にした。心の奥では大きな悲しみと屈辱が渦巻いていたが、それを表に出すことはなかった。幼い頃から王妃になるために尽力してきた自分が、一瞬にしてその未来を奪われたのだ。そのことを認めることすら、彼女にはつらかった。

宮殿の外に出ると、リリィーナはようやくその場で深く息をついた。これからの自分がどう生きていくべきか、その答えがまだ見えていない。だが、王家に縛られることなく、自分自身の道を歩む決意は少しずつ固まり始めていた。

その夜、リリィーナは自分の部屋で一人静かに涙を流した。長い年月、クラウスのため、そして王家のために生きてきた自分が、こんな形で捨てられるとは思ってもみなかった。心の奥底に燻る悔しさと虚しさが、彼女の胸を締め付ける。

「もう…私は王家のために生きる必要はない。これからは、自分のために生きる」

涙を拭い、リリィーナは新たな決意を胸に秘めた。自分を裏切った王家に縛られることなく、自分の道を歩んでいく覚悟を決めたのだった。翌朝、リリィーナは目を赤く腫らしながらも、毅然とした表情で起き上がり、新しい日を迎える準備を始めた。

リリィーナの中で何かが変わったのを、彼女自身が感じていた。

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