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第四章「悪女の微笑み」

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侯爵の没落が決定的となり、アヴァンティ・スチュードベーカーの復讐はついに完遂された。彼女は冷ややかな満足感を胸に抱きながら、社交界に再び華やかな姿で現れた。多くの人々が彼女の美貌と気品に魅了され、彼女を中心に会話が弾んでいたが、その裏では「侯爵を破滅に追い込んだ悪女」という噂が囁かれていた。

アヴァンティはその噂を気にも留めず、むしろ誇りさえ感じていた。彼女にとって大切なのは、自分が望んだ通りにことを成し遂げたという事実であり、世間の評価や他人の視線は二の次だった。侯爵が自らの欲望によって自滅していった様子を思い出すたび、彼女の心には満足感が広がり、冷酷な微笑みが浮かんだ。

そんなある日のことだった。アヴァンティのもとに、侯爵がかつて婚約を破棄してまで選んだ令嬢から、一通の手紙が届いた。手紙には、侯爵がすでに全てを失い、彼女とも別れたことが記されていた。侯爵の元恋人であった令嬢は、最初こそ侯爵との愛に夢を抱いていたが、彼がすべてを失った瞬間、その愛もまた儚く消え去ったようだった。

「愚かな女ね」

アヴァンティは冷笑しながらその手紙を丸め、炎の中に放り込んだ。侯爵も、そして彼を選んだ令嬢も、自分たちが犯した愚かな選択の結果に過ぎない。アヴァンティは彼らを哀れむこともなく、ただ冷たく見下ろし続けた。彼女にとって、彼らの失敗は取るに足らないものであり、自らの成功を彩るただの一つのエピソードに過ぎなかった。

それからしばらくして、アヴァンティは社交界で注目の的となり、以前にも増して求婚者たちが彼女のもとに訪れるようになった。侯爵の破滅によって彼女の評判は一部で「冷酷」と噂されていたが、それでも彼女の美しさと知性に惹かれる貴族たちは少なくなかった。彼女はその求婚者たちに冷やかな微笑みを浮かべ、軽くあしらうことを楽しんでいた。

ある夜、彼女は求婚者の一人と会話をしている最中に、ふと自分の胸の中に生まれた冷たさを感じた。自らの復讐を遂げた後の満足感も、手に入れた名声も、次第に彼女にとっては色褪せて感じられるようになっていたのだ。自分が望んだ通りの未来を手に入れたはずなのに、どこか虚しさを覚えていることに気づいたアヴァンティは、その感情を押し殺そうと冷静な表情を保った。

「私はまだ満足するべきではないわ。さらなる高みを目指すために、今の立場を利用するだけ」

そう自分に言い聞かせ、彼女は心の中で静かに誓いを立てた。これまでのように、冷静かつ冷酷に自らの道を切り開き、誰よりも上に立つことこそが彼女の新たな目標であった。

それから数年後、アヴァンティは社交界での地位を不動のものとし、様々な事業にも関与し、膨大な富と権力を手に入れていた。彼女はもはや誰もが恐れる存在となり、その影響力は宮廷内外にまで及ぶようになっていた。彼女に逆らおうとする者はいなくなり、周囲の者たちは彼女を「氷の女帝」と呼んで敬遠していたが、アヴァンティはその呼び名に満足していた。

しかし、彼女の心の中にはいつしか、一抹の寂しさが宿るようになっていた。侯爵への復讐を成し遂げたことによって得られた冷酷な満足感も、時と共に薄れ、彼女の心には空虚が広がっていった。全てを手に入れたはずなのに、何も満たされていないような感覚が彼女を蝕んでいたのだ。

ある日の夜、彼女はふと自分の人生を振り返り、侯爵との婚約が破棄されたあの夜から、自らがどれほど変わってしまったかを思い知った。愛や友情を信じる心はもはやなく、冷酷な策略と力だけを頼りに生きてきた自分に気づき、かつての自分が今の自分をどう思うかを考えた。

「私は…何のためにここまで来たのかしら」

その問いに答える者は誰もいなかった。侯爵を破滅に追いやり、自らの地位を築いた彼女は、もはや自分自身の感情すらも凍りついてしまっていたのだ。

その夜、アヴァンティは鏡の前に立ち、自らの姿をじっと見つめた。美しい顔立ちに浮かぶ冷たい微笑みは、かつて侯爵を破滅させた時と同じものだったが、その奥には虚しさが見え隠れしていた。彼女は深い息をつき、最後に一度だけ、心からの笑みを浮かべるように努めたが、それすらも叶わなかった。

「私は…もう微笑むことすら忘れてしまったのかしら」

アヴァンティ・スチュードベーカーは、自らが選んだ道の果てに、冷たく凍りついた孤独な心だけを残して生きることになった。そして、その姿は社交界で語り継がれる「悪女の微笑み」として、人々の記憶に残り続けるのであった。

その後も、彼女の影響力は増し、さらに多くの者たちが彼女に惹かれ、同時に畏怖したが、アヴァンティ自身にとって、その冷酷な微笑みはただの仮面であり、彼女の本当の心は誰にも知ることはなかった。

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