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第二章:追放と新たな居場所
しおりを挟む婚約破棄の翌朝、クウィッドはすべてを失っていた。王子アレクシスとの婚約解消の一件が広まり、かつて彼女を尊敬し慕っていた人々が手のひらを返したように冷たくなるのを、クウィッドは痛感していた。王宮での影響力を失った彼女は、父親の手によって領地から追放され、わずかな旅支度とともに祖母から譲り受けた辺境の小さな土地へと送られることになった。
故郷を出る道中、彼女の心には混乱と孤独、そして怒りが渦巻いていた。王子に裏切られ、親友だと思っていた貴族令嬢たちにも嘲笑され、自分の無実を信じてくれる者は誰もいなかった。その事実が、彼女の心をえぐる。だが、彼女は泣き崩れないと決めていた。失意の底にあっても、彼女は強くあろうと自分に言い聞かせた。これからは、自分の力で立ち上がるしかないのだと覚悟を決めたのだ。
こうして、クウィッドは祖母が残した辺境の小さな領地に到着した。かつては祖母が心を込めて守り育てた地だったが、彼女が亡くなって以来、誰も手入れをしないまま荒れ果てていた。朽ちかけた屋敷は、クウィッドを歓迎するかのように風にさらされてきしむ音を立てていた。広大な土地には雑草が生い茂り、村も寂れており、かつての繁栄を感じさせるものは何一つ残っていなかった。
「ここが私の新しい居場所なのね…」
クウィッドは深いため息をつきながら屋敷に足を踏み入れた。かつての優雅な生活とはかけ離れた環境に戸惑いを覚えながらも、彼女は少しずつ日常生活を始めることにした。しかし、貴族として生きてきた彼女には日々の雑務や料理、掃除といった仕事はほとんど経験がなかった。自分で井戸水を汲むことすら一苦労で、汚れた手や服を見てため息をつく日々が続いた。
それでも、クウィッドは決して諦めることはなかった。小さな屋敷で不慣れな家事に苦戦しながらも、彼女は少しずつ辺境での生活に慣れていった。そんなある日、彼女のもとに村の老人が訪れる。彼は祖母に仕えていた古株の村人で、クウィッドの境遇を知って彼女を助けに来てくれたのだ。
「お嬢様、どうか村のことも見てやってくだされ。我ら村人も、少なからずご先祖様に世話になった身ですじゃ」
老人の頼みを聞いたクウィッドは、村の状況を知るためにその足で村を訪れることにした。そこには、生活に困窮し、病気に苦しむ村人たちの姿があった。物資は不足し、医者もいないため、ちょっとした病気でも命を落とす者が後を絶たなかった。彼らは荒れ果てた畑で食料を育てようと必死に努力していたが、それも天候に左右され、十分な収穫を得られないことが多かった。
「この土地を少しでも良くすることが、祖母への恩返しになるかもしれない…」
そう思ったクウィッドは、村のために何かできることはないかと考え始めた。かつて王都で得た知識や経験を生かし、彼女は村のために様々な改革を行うことを決意する。まずは村に必要な医療の整備から着手した。王都で得た薬草の知識を生かし、自ら薬草を栽培し、村人たちに治療を施すようになった。また、農業の知識を学び、収穫を増やすための工夫を凝らして村人たちに教えた。
最初は彼女の指導に疑いを抱いていた村人たちも、次第に彼女の熱意と知識を認め、協力するようになった。村の収穫量は少しずつ増え、病気で命を落とす人も減っていった。村人たちは、次第にクウィッドを「ルノー様」と呼び、彼女に感謝と敬意を抱くようになる。彼女もまた、村人たちの支えに感謝し、彼らと共に新しい生活を築き上げていく。
そんな生活を続ける中で、クウィッドは次第にかつての自分の姿が愚かで傲慢だったことに気づき始めた。王宮での華やかな生活や、権力に囲まれていた日々に執着し、自らの力で何も成し遂げることなく他人に頼っていた自分が恥ずかしく感じられるようになった。
「私がこの村のためにできることを、もっと考えなければ…」
彼女は自分自身を見つめ直し、成長することを決意する。自らの手で築き上げたこの村こそが、今のクウィッドにとっての誇りであり、生きる意味となっていた。村人たちとの絆が強まるたびに、かつての婚約者や貴族社会への執着が薄れていくのを感じた。
しかし、彼女の中にはまだ燻る復讐の炎があった。裏切りや侮辱を受け、人生を狂わされた過去を完全に忘れることはできない。だが今は、ただ怒りに任せて行動することはしないと決めていた。力を持たずして復讐は成し得ない。自分の影響力を高め、村を発展させていくことで、いずれは彼女を蔑んだ者たちにその実力を見せつけるつもりであった。
「待っていなさい。今に、私がどれだけ強くなったかを見せてあげるわ」
クウィッドの心には、新たな目標が芽生えていた。それは、この村を王国で一二を争う豊かな地にすることだった。彼女の知識と努力、そして村人たちの支えがあれば、それは決して夢物語ではないと信じていた。
こうして、クウィッドは次第に村を繁栄へと導き、貴族としての真の力を築き上げていった。かつての栄華にすがりついていた自分とは違う、強く、そして誇り高い女性として成長する日々が始まった。
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