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第3章:愛か義務か

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ルシアンとセシルの婚約関係は、表面的には順調そのものだった。社交界では注目を集め、互いに支え合う姿が周囲から「理想の婚約者」として評されるほどだった。しかし、その裏側では、二人の心の中にそれぞれの葛藤が渦巻いていた。


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影を落とす噂

ある日、エリオット邸に来客があった。ルシアンの遠い親戚であり、社交界でも名高いマーガレット夫人が訪れたのだ。彼女はかつてルシアンを溺愛していたが、セシルとの婚約に対しては懐疑的な視線を向けていた。

「ルシアン、少しは私にも紹介してくれるのかしら?」
豪華なドレスを纏ったマーガレット夫人が微笑みを浮かべながら、ルシアンに問いかける。

「もちろんですとも。セシル、こちらはマーガレット夫人だ。」
ルシアンは隣に立つセシルを促した。

セシルは完璧な笑顔で頭を下げた。「初めまして、マーガレット夫人。セシル・バルネスと申します。」

「まあ、本当に美しい方ね。」
マーガレット夫人はそう言いながらも、瞳には冷たい光が宿っていた。

その後、夫人はルシアンと二人きりになると、低い声でこう告げた。「あの若者、本当に信用できるのかしら? バルネス家の評判は良くないと聞いているわ。」

「セシルは信頼に値する人間だ。」
ルシアンは即答した。その声には確固たる意志があった。

「……まあ、あなたがそう言うなら。」
マーガレット夫人は口元に不敵な笑みを浮かべながらも、心中では疑念を抱き続けていた。

その日以降、セシルに関する噂が社交界で広まり始めた。没落した家門から婚約者の座を得るためにルシアンを利用している――そんな悪意に満ちた言葉が飛び交うようになった。


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セシルの決意

噂を耳にしたセシルは、夜の書斎で一人、深い溜息をついていた。机の上には社交界での出来事を記録したメモ帳が広げられている。

「……やはり、僕はルシアン様に迷惑をかけているだけだ。」
セシルは独り言のように呟いた。その声には、どこか諦めのような響きがあった。

その時、背後からルシアンの声が響いた。「何をしている?」

驚いたセシルが振り返ると、そこには無表情のルシアンが立っていた。

「何でもありません。ただ、少し考え事をしていただけです。」
セシルは慌てて笑顔を作ったが、ルシアンはその様子を見逃さなかった。

「……噂のことか?」
ルシアンの鋭い問いかけに、セシルは視線を逸らした。

「申し訳ありません。僕のせいでご迷惑を……」
セシルが言葉を続けようとした瞬間、ルシアンは机を軽く叩き、彼を遮った。

「迷惑ではないと言ったはずだ。それ以上、自分を責めるな。」
その言葉には、いつもの冷徹さとは違う温かさが含まれていた。

セシルは目を見開き、そして小さく頷いた。「ありがとうございます。」


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新たな危機

そんな中、ルシアンとセシルに新たな危機が訪れる。エリオット家の政敵であるローウェン侯爵が、ルシアンの婚約に介入してきたのだ。

「エリオット侯爵様、あなたの婚約者には疑惑が多すぎますな。」
ローウェン侯爵は笑みを浮かべながら皮肉交じりにそう告げた。

「それがどうした?」
ルシアンは冷ややかに返答したが、ローウェン侯爵は構わず続けた。

「我々貴族としては、疑惑のない婚約者を選ぶべきでは? あなたほどの方が、なぜあのような者を選んだのか理解に苦しみますな。」

その言葉に、セシルの顔が青ざめた。だが、ルシアンは平然としていた。

「セシルが私の婚約者である以上、その疑念は私の責任だ。だが、それを論じる前に、自分の足元を見直すべきだろう、ローウェン侯爵。」
ルシアンの言葉には、静かな威圧感があった。ローウェン侯爵はわずかに顔を歪めたが、何も言えずにその場を去った。

セシルはその様子を見ながら、小さな声で呟いた。「どうして、僕のためにそこまで……」

ルシアンは彼に視線を向け、静かに言った。「お前のためではない。エリオット家の名誉を守るためだ。」

その冷たい言葉の裏に隠された真意を、セシルはまだ理解できずにいた。


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愛か義務か

その夜、セシルはルシアンの部屋を訪れた。扉を叩くと、いつものように低い声で「入れ」と返事が返ってきた。

「どうした?」
ルシアンは書類を整理しながら問いかけた。

「お話があります。」
セシルは緊張した面持ちで口を開いた。「僕は、やはりこの契約を解消すべきだと思います。」

その言葉に、ルシアンの手が止まった。彼は静かにセシルを見つめ、問い返した。「理由を聞こうか。」

「僕の存在が、侯爵様にとって負担になっていると思うからです。」
セシルの声は震えていたが、その瞳には決意が宿っていた。

「……お前がいなくなれば、何が解決する?」
ルシアンの声には冷静さがあったが、どこか怒りも感じられた。

「僕がいなければ、噂も消え、侯爵様の名誉が守られるはずです。」
セシルはそう言い切った。

「愚かだな。」
ルシアンは立ち上がり、セシルの前に歩み寄った。「お前がいなくなれば、私はエリオット家を守れなくなる。お前はただの婚約者ではない。私にとって、必要な存在だ。」

その言葉に、セシルは驚きと共に涙を浮かべた。「……僕にそんな価値があると?」

「ある。」
ルシアンは短く答えた。そしてその目には、これまで見せたことのない感情が浮かんでいた。


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