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第四章: センティアの機転と説得

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館を出たレオは、夜風を感じながら馬にまたがったが、心中はまだ騒がしいままだった。彼の知る限り、バンパイアと人間が共に平穏に暮らすことなど、決してあり得ない。それでも、目の前のセンティアは自分の意志でアルノルトと共にいると語った。彼女は本当に正気なのか?それとも、彼女はやはりアルノルトに操られているのではないか?

彼は迷いを断ち切るため、再び館の前に立ち戻った。センティアを説得し、彼女を救い出さなければならない。バンパイアの言葉を信じることなどできない。レオの心には、バンパイアに対する強い憎しみが根付いていた。彼の家族もまたバンパイアに命を奪われた過去があり、それが彼の行動を駆り立てていた。

彼は館の扉を叩き、再びセンティアと話すために呼び出すことを決めた。センティアが彼を見て驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑みを見せた。

「レオさん……どうかしたのですか?」センティアは優しく問いかけたが、その瞳には彼が再び自分を説得しようとしていることを感じ取っていた。

レオは静かに言葉を紡ぎ出した。「センティア、君が何を感じているのか理解できるつもりはないが、私は君を危険から救い出さなければならない。バンパイアに囚われていることに気づいていないだけなんだ。アルノルトが君を操っているんだ、分からないのか?」

センティアは一瞬息を呑んだが、すぐに冷静な表情を取り戻した。「レオさん、私は自分の意志でここにいるんです。アルノルト様は私を操ってなどいません。それどころか、彼は私を守るために苦しんでいるんです。」

レオは眉をひそめ、信じがたいというように首を横に振った。「バンパイアが人間を愛する?そんなことがあるはずがない。彼らはただ人間を利用するだけだ。それが彼らの本性だ、センティア。彼が君を本当に愛しているというなら、証拠を見せてもらいたいものだ。」

センティアはレオの目を見据え、毅然とした態度で言った。「レオさん、バンパイアであること自体が罪だと考えるのは間違いです。確かに、バンパイアの中には人間を害する者もいるでしょう。ですが、アルノルト様は違います。彼は神祖であるがゆえに、その力を抑え、自分の本能と戦っています。彼が私に危害を加えることなど決してありません。」

レオは彼女の言葉に耳を貸さず、さらに問い詰めた。「だが、彼のような強大な存在が君に対していつまで理性を保てるか分からないだろう?彼がいつか君を傷つけることになる、その時にはもう遅いんだ。」

センティアは深呼吸をし、静かに言葉を紡いだ。「確かに、アルノルト様は強力な存在です。彼が持つ力は恐ろしいほどです。でも、その力がどれほど危険であるか、彼自身が一番理解しています。そして、その力を私に向けることは絶対にないと誓ってくれました。彼がどれだけその誓いに苦しみ、私を守ろうとしているか、レオさんには想像できないほどです。」

彼女の言葉には揺るぎない信念が込められていた。レオはその強さに一瞬圧倒されながらも、まだ納得しきれずにいた。

「どうして君はそこまで彼を信じられるんだ?」レオは戸惑いを隠せずに尋ねた。「彼がいつか裏切るかもしれないと考えたことはないのか?」

センティアは小さく首を振った。「ありません。なぜなら、アルノルト様がどれだけ私を愛しているか、私は知っているからです。そして、彼がどれだけ苦しんでいるかも知っています。彼は自分が神祖であるがゆえに、私を遠ざけようとしました。私に危害が及ばないように、何度も私から離れようとしたのです。」

「離れようとした?」レオは驚いた。「それはどういう意味だ?」

「彼は私を愛しているからこそ、自分の存在が私にとって危険だと思って、何度も私を遠ざけようとしました。でも、私は彼がどれほど私を大切に思っているか知っているから、彼から離れることを選ばなかったんです。」

センティアは少し微笑んだ。「彼が私を本当に愛しているからこそ、私はここにいるのです。彼の側にいれば、私は守られる。そして、彼もまた私を守るために全力を尽くしてくれる。私はそれを信じています。」

レオはセンティアの言葉に耳を傾けながら、彼女がどれほどアルノルトを信頼しているかを実感した。彼女が操られているわけではなく、自らの意志で彼と共に生きることを選んだのだと感じ始めていた。

「だが……バンパイアの本性は変わらない。」レオはまだ納得できない様子で続けた。「彼がどんなに自制しても、いつかその力が暴走するかもしれない。その時、お前はどうするんだ?」

センティアは静かに答えた。「もしその時が来たとしても、私はアルノルト様を信じます。そして、彼を助けます。彼が力に負けそうになった時、私は彼の力を抑える存在になりたい。彼を救うために私はここにいるのです。」

レオはその言葉に打たれ、しばらく沈黙した。彼女の信念と愛情は本物だった。彼女がアルノルトと共に生きる道を選んだことに、もう疑いの余地はなかった。

「……君の言うことが本当なら、私は君を信じるしかないのかもしれない。」レオは静かに剣を腰に戻し、センティアを見つめた。「だが、私はバンパイアハンターだ。もし彼が君を裏切り、危害を加えることがあれば、その時は容赦しない。君もそれを理解しているんだな?」

センティアは真剣な表情で頷いた。「もちろんです、レオさん。私は彼を信じていますが、あなたが私たちを見守ってくれることも感謝しています。どうか、見守っていてください。」

レオは深く息をつき、最後にもう一度センティアの瞳を見つめた。彼女の決意は固く、これ以上彼女を説得しようとしても無駄だと悟った。

「分かった。だが、私はこれからも君たちを見守る。もし何かがあれば、すぐに知らせてくれ。」

センティアは微笑み、「ありがとうございます、レオさん」と感謝の言葉を口にした。

レオは館を後にし、月明かりの中で再び馬に乗り込んだ。彼の心にはまだわだかまりが残っていたが、今夜はセンティアの言葉を信じることにした。

「彼女が信じるなら、私もそれを信じるしかないか……」レオはつぶやき、夜の中へと馬を走らせた。


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