11 / 15
第二部
第1章: 突然の婚約破棄と強引な結婚
しおりを挟む王都の華やかな街並みを背景に、ピスケス公爵邸は静かに佇んでいた。しかし、今日に限ってその静けさは破られた。足音が響き渡る廊下、そして息を荒げた青年が、公爵の執務室へとまっしぐらに向かっていた。アレン王子だった。
アレン王子は、開かれたドアの前に立ち、怒りを露わにした表情でピスケス公爵を睨みつけていた。彼の眉間には深い皺が刻まれており、唇は強く引き結ばれていた。
「アルレシャ嬢がファフニール侯爵と婚約するとは、どういうことだ! 彼女にふさわしいのは私だけだ!」彼は強い調子で叫んだ。「今からでも遅くない。彼女は、私と婚約させたまえ!」
ピスケス公爵は、アレン王子の激しい言葉に冷静な態度で対応した。彼の年齢を考えれば、感情的に対応しても何も得るものがないと悟っていたのだ。
「大変、光栄なお話ですが…」ピスケス公爵は静かに言葉を続けた。「ファフニール侯爵殿が『婚約など面倒だ』と仰られまして、『今すぐ結婚する』と言われ、娘をそのまま領地に連れて行かれてしまいました。」
その言葉にアレン王子は目を見開いた。「はあ?どういうことだ?婚約を飛ばして結婚だと…?信じられん!」
「私どもも、何がなんだか理解できぬまま、状況が進んでしまいました…」ピスケス公爵は少し困惑した表情を見せたが、冷静さは失わなかった。彼は冷静にアレン王子を見据えていた。
アレン王子は拳を握りしめ、床を強く踏みしめた。「だ、だいたい、あの者は聖女ではないか! 聖女ならば王族と結ばれるべきだ!」
ピスケス公爵はその言葉に眉を寄せ、静かに答えた。「殿下、確かにそのような噂もございます。しかし、殿下には複数のご婦人とのお噂を耳にいたしております。父親として、そのようなお方との婚約を許すのは難しいと考えております。」
アレン王子はその言葉に激しく反応した。「クソ!ファフニールめ!あいつがすべて悪いのだ!」彼は怒りを込めて叫び、拳を強く握りしめたまま、乱暴に扉を開け放ち、部屋を後にした。
ピスケス公爵は、アレン王子が去った後、重いため息をつき、深く椅子に腰掛けた。「聖女ね…。どこから、そんな噂が出たのやら…」
彼の口元には苦笑が浮かんでいたが、心の中には複雑な思いが渦巻いていた。娘アルレシャのことを思い出すと、不安が募っていた。辺境の厳しい環境で、彼女が果たして無事に過ごしていけるのか。それに加えて、ファフニール侯爵の強引な態度も心配の種だった。
「ファフニール侯爵も、少しは優しくしてくれることを願うしかないか…」ピスケス公爵は静かに呟き、窓の外を見つめた。王都の華やかな風景とは対照的に、辺境の荒涼とした景色が彼の頭に浮かんでいた。
---
アレン王子は公爵邸を後にし、馬にまたがりながら怒りをかみしめていた。彼の心の中では、アルレシャに対する強い感情が渦巻いていた。アルレシャと自分こそが相応しい関係だと信じていたのだ。それが、まさかファフニール侯爵のような男に奪われるとは。
「アルレシャは私のものだったはずだ…」彼は小さく呟いた。「ファフニールがいなければ…」
しかし、ファフニール侯爵がただの男ではないことはアレンも理解していた。彼の名は辺境を守る強力な武人として知られており、その力と影響力は計り知れない。アルレシャとの婚約を拒絶し、自分勝手に結婚を進める力を持っていることもまた、彼の強さを象徴していた。
「だが、それでも…」アレン王子は強く拳を握りしめ、馬を走らせた。「このままでは終わらせない。必ず、アルレシャを取り戻してみせる。」
彼の目には決意の炎が宿り、その決意は王子としてのプライドと共に、彼を新たな行動へと駆り立てることだろう。
---
ピスケス公爵はアレン王子が去った後も、窓の外を見つめ続けていた。王都は静かであり、外からは穏やかな風が吹き込んできたが、公爵の心には風の冷たさが残っていた。
アルレシャは王都で穏やかに育てられ、社交界でも人気があったが、その一方で周囲の期待に対する反応はいつもぼんやりとしていた。まさかファフニール侯爵の領地で、あの大人しい娘がやっていけるとは到底思えない。公爵は娘を案じる父親として、ただ彼女の無事を祈ることしかできなかった。
「どうか無事でいてくれ…」彼は小さく呟き、深くため息をついた。
それでも、ファフニール侯爵の力と地位を考えれば、彼女が安全であることに期待するしかなかった。ファフニール侯爵がどれほど冷酷であろうとも、彼はアルレシャを守る責任があるのだ。ピスケス公爵はそれを信じ、娘を信じるしかなかった。
その夜、ピスケス公爵邸の灯りはいつもより早く消えた。
3
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
婚約者に親しい幼なじみがいるので、私は身を引かせてもらいます
Hibah
恋愛
クレアは同級生のオーウェンと家の都合で婚約した。オーウェンには幼なじみのイブリンがいて、学園ではいつも一緒にいる。イブリンがクレアに言う「わたしとオーウェンはラブラブなの。クレアのこと恨んでる。謝るくらいなら婚約を破棄してよ」クレアは二人のために身を引こうとするが……?
待ち遠しかった卒業パーティー
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。
しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。
それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる