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第二部

第1章: 突然の婚約破棄と強引な結婚

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王都の華やかな街並みを背景に、ピスケス公爵邸は静かに佇んでいた。しかし、今日に限ってその静けさは破られた。足音が響き渡る廊下、そして息を荒げた青年が、公爵の執務室へとまっしぐらに向かっていた。アレン王子だった。

アレン王子は、開かれたドアの前に立ち、怒りを露わにした表情でピスケス公爵を睨みつけていた。彼の眉間には深い皺が刻まれており、唇は強く引き結ばれていた。

「アルレシャ嬢がファフニール侯爵と婚約するとは、どういうことだ! 彼女にふさわしいのは私だけだ!」彼は強い調子で叫んだ。「今からでも遅くない。彼女は、私と婚約させたまえ!」

ピスケス公爵は、アレン王子の激しい言葉に冷静な態度で対応した。彼の年齢を考えれば、感情的に対応しても何も得るものがないと悟っていたのだ。

「大変、光栄なお話ですが…」ピスケス公爵は静かに言葉を続けた。「ファフニール侯爵殿が『婚約など面倒だ』と仰られまして、『今すぐ結婚する』と言われ、娘をそのまま領地に連れて行かれてしまいました。」

その言葉にアレン王子は目を見開いた。「はあ?どういうことだ?婚約を飛ばして結婚だと…?信じられん!」

「私どもも、何がなんだか理解できぬまま、状況が進んでしまいました…」ピスケス公爵は少し困惑した表情を見せたが、冷静さは失わなかった。彼は冷静にアレン王子を見据えていた。

アレン王子は拳を握りしめ、床を強く踏みしめた。「だ、だいたい、あの者は聖女ではないか! 聖女ならば王族と結ばれるべきだ!」

ピスケス公爵はその言葉に眉を寄せ、静かに答えた。「殿下、確かにそのような噂もございます。しかし、殿下には複数のご婦人とのお噂を耳にいたしております。父親として、そのようなお方との婚約を許すのは難しいと考えております。」

アレン王子はその言葉に激しく反応した。「クソ!ファフニールめ!あいつがすべて悪いのだ!」彼は怒りを込めて叫び、拳を強く握りしめたまま、乱暴に扉を開け放ち、部屋を後にした。

ピスケス公爵は、アレン王子が去った後、重いため息をつき、深く椅子に腰掛けた。「聖女ね…。どこから、そんな噂が出たのやら…」

彼の口元には苦笑が浮かんでいたが、心の中には複雑な思いが渦巻いていた。娘アルレシャのことを思い出すと、不安が募っていた。辺境の厳しい環境で、彼女が果たして無事に過ごしていけるのか。それに加えて、ファフニール侯爵の強引な態度も心配の種だった。

「ファフニール侯爵も、少しは優しくしてくれることを願うしかないか…」ピスケス公爵は静かに呟き、窓の外を見つめた。王都の華やかな風景とは対照的に、辺境の荒涼とした景色が彼の頭に浮かんでいた。


---

アレン王子は公爵邸を後にし、馬にまたがりながら怒りをかみしめていた。彼の心の中では、アルレシャに対する強い感情が渦巻いていた。アルレシャと自分こそが相応しい関係だと信じていたのだ。それが、まさかファフニール侯爵のような男に奪われるとは。

「アルレシャは私のものだったはずだ…」彼は小さく呟いた。「ファフニールがいなければ…」

しかし、ファフニール侯爵がただの男ではないことはアレンも理解していた。彼の名は辺境を守る強力な武人として知られており、その力と影響力は計り知れない。アルレシャとの婚約を拒絶し、自分勝手に結婚を進める力を持っていることもまた、彼の強さを象徴していた。

「だが、それでも…」アレン王子は強く拳を握りしめ、馬を走らせた。「このままでは終わらせない。必ず、アルレシャを取り戻してみせる。」

彼の目には決意の炎が宿り、その決意は王子としてのプライドと共に、彼を新たな行動へと駆り立てることだろう。


---

ピスケス公爵はアレン王子が去った後も、窓の外を見つめ続けていた。王都は静かであり、外からは穏やかな風が吹き込んできたが、公爵の心には風の冷たさが残っていた。

アルレシャは王都で穏やかに育てられ、社交界でも人気があったが、その一方で周囲の期待に対する反応はいつもぼんやりとしていた。まさかファフニール侯爵の領地で、あの大人しい娘がやっていけるとは到底思えない。公爵は娘を案じる父親として、ただ彼女の無事を祈ることしかできなかった。

「どうか無事でいてくれ…」彼は小さく呟き、深くため息をついた。

それでも、ファフニール侯爵の力と地位を考えれば、彼女が安全であることに期待するしかなかった。ファフニール侯爵がどれほど冷酷であろうとも、彼はアルレシャを守る責任があるのだ。ピスケス公爵はそれを信じ、娘を信じるしかなかった。

その夜、ピスケス公爵邸の灯りはいつもより早く消えた。

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