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第1章: 突然の婚約と強引な誘拐
1-1: 婚約の知らせ
しおりを挟むアルレシャは、いつものようにピスケス公爵家の広間で静かに本を読んでいた。彼女は王都の社交界でも知られた公爵令嬢で、その美貌と品格は誰もが認めるところだった。絢爛な調度品に囲まれた優雅な空間で、朝の日差しが優しく彼女の肩を照らしている。そんな静寂を破るように、広間の扉が軽くノックされた。
「アルレシャ、少し時間があるか?」
父であるピスケス公爵が、ゆっくりとした歩みで広間に入ってきた。彼の顔にはいつも通りの穏やかな表情があったが、どこか硬い雰囲気も感じられる。アルレシャは本を閉じて立ち上がり、父に向かって礼儀正しくお辞儀をした。
「はい、お父様。どうなさいましたか?」と、柔らかな声で答える。
公爵はアルレシャの向かいに座り、しばらくの沈黙の後、静かに口を開いた。
「実はな、話がある。お前ももう十分大人になった。そろそろ結婚の話が出る頃だ。お前の婚約者が決まった。」
突然の告白に、アルレシャの胸は一瞬止まりかけた。結婚の話が来ることは予測していたが、これほど急に、しかも具体的な相手まで決まっているとは思わなかった。だが、公爵令嬢としての誇りを持つアルレシャは、表情を崩さずに冷静を保ち、言葉を返した。
「それは…どなたとでしょうか?」
「辺境を治めるファフニール侯爵だ。彼の力は我が国にとっても重要だ。お前との婚約は、彼と我が家との絆を強固にするために必要なものだ。」
「ファフニール侯爵…」アルレシャはその名を心の中で反芻した。彼の名は王都でも聞いたことがある。辺境を治める強力な領主として、彼は多くの戦いで勝利を収め、その力は畏怖の対象でもあった。だが、彼自身と会ったことは一度もない。王都と辺境では距離があまりに遠く、彼の姿が社交界に現れることはなかったからだ。
「そうですか…お父様のご決定ならば、従います。」アルレシャは父の意志を尊重し、静かに頷いた。
公爵はその返答に満足した様子で軽く頷き返した。「お前なら、きっと彼のもとでしっかりやっていけるだろう。少々強引だという噂もあるが、辺境の地であのように生きるにはそれも必要なことだろう。」
「強引…ですか?」アルレシャは少し不安げに眉を寄せた。結婚が決まる前に、彼の強引さを知っていたかったと思うが、すでに遅い。
「そうだ。だが、彼は領民を守り、危険な地を統治するために必要な力を持っている。それに、我が家の名を高めるためにも、この婚約は必要不可欠だ。」父の言葉は理知的で、冷静に状況を説明していたが、アルレシャはその裏に隠れた父の期待と不安を感じ取った。
アルレシャは再び静かに頷いた。「分かりました。お父様の決定に従い、ファフニール侯爵様との婚約を受け入れます。」
その瞬間、彼女の心には奇妙な重圧がのしかかった。王都での穏やかな生活が、これからは過酷な辺境での生活へと変わる。未知の未来への一抹の不安を抱えながらも、彼女は公爵家の令嬢としての義務を果たさねばならないという自覚が強くあった。
「よく決断したな。お前は聡明で強い。きっと、どんな環境でもやっていけるだろう。」公爵は娘を誇らしげに見つめ、立ち上がった。「今後の準備はすぐに始めよう。しばらくは心の準備をしておくと良い。」
アルレシャは父親の背中を見送ると、ふと窓の外に目をやった。美しい庭園の花々が風に揺れている。彼女はその光景を見ながら、これが王都で過ごす最後の平穏な日になるのではないかという思いにとらわれた。
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