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第一章:屈辱の契約
しおりを挟む伯爵令嬢アプローズは、窓の外をぼんやりと見つめていた。眼下に広がる広大な庭園も、色とりどりの花々も、彼女の心を慰めることはできない。今、彼女が直面している現実は、心を重く押しつぶすほどの重圧であった。彼女の家は長年にわたり借金を抱え、どうにもならない状況に追い込まれていた。そしてその借金を返済するため、家族は彼女を公爵家の次男バルサムに嫁がせることで一気に問題を解決しようと考えたのだ。
バルサム・アルトゥール公爵家の次男は、美しい顔立ちと高貴な家柄で貴族社会でも有名であったが、その性格は冷酷そのものであった。彼は決して人を信じず、金銭や権力で物事を解決することに慣れていた。周囲からも恐れられている存在で、彼と関わることは何かしらの危険を孕んでいると噂されていた。アプローズは、そんな彼と結婚することで自分の未来がどれほど暗いものになるのか、心の奥で理解していたが、彼女には拒む権利がなかった。
「アプローズ、決断を下すのだ。私たちの家を救うためには、お前が犠牲になるしかないんだ」
父の声が、アプローズの脳裏で繰り返し響く。彼の言葉には、どこか冷たさが感じられた。家族のために尽くすべきだという思いと、自分が単なる「価値のある交換品」に過ぎないという現実に打ちひしがれながら、彼女はしぶしぶその契約結婚を受け入れることにしたのだった。
結婚に向けた準備が進む中で、アプローズは何度かバルサムと会う機会があった。しかし、彼が彼女に向ける視線には愛情のかけらもなく、むしろ冷淡さと無関心さが溢れていた。彼はいつも、まるで何かの業務をこなすかのように、無表情で彼女に指示を出すのだった。
「アプローズ、君には今後、私の命令に従ってもらう。それがこの結婚の条件だ。理解できるな?」
彼の低く冷たい声が、まるで鋭い刃物のように彼女の心に突き刺さった。アプローズは唇を噛みしめ、小さくうなずくだけで答えた。彼には逆らえない。彼が持つ権力と財力は、彼女の想像を超えるものであり、抵抗は無意味だと思わざるを得なかった。彼女が結婚を受け入れることで家族が救われるならば、その道を選ぶしかないのだと自分に言い聞かせていた。
結婚式の日、アプローズは豪華なドレスに身を包まれ、公爵家の豪華な屋敷へと向かった。式の間中、彼女の隣に立つバルサムは冷たい表情を崩さず、彼女に目を向けることもほとんどなかった。結婚の誓いの言葉も、彼の口からは感情が欠落しているかのように機械的に発せられた。その無関心さが、アプローズの心に重くのしかかる。
「この結婚は、ただの契約に過ぎないのだ」
そう感じた瞬間、アプローズの胸にわずかに残っていた希望が崩れ去った。もはや彼女には、彼との未来に何の期待も抱けなかった。ただ、家族のための犠牲として、黙ってこの冷たく味気ない関係を受け入れるしかないのだ。
結婚後、アプローズはすぐにバルサムの無情な仕打ちに直面することになる。彼は彼女をまるで使用人のように扱い、冷たい指示を次々と下してきた。彼女が何かを話そうとするたびに、彼は面倒そうに手を振って黙らせ、彼女の存在を無視するかのように振る舞った。彼の冷淡な態度に、アプローズは次第に心が摩耗していく。
日々が経つにつれ、彼女はこの結婚が自分の人生を奪うものであると痛感するようになった。しかし、家族のために犠牲になるという決意が、彼女の唯一の支えであった。彼女は夜遅くまで自室でひとり涙を流しながらも、いつかこの状況が改善されることを密かに願っていた。
ある日、彼女は偶然にもバルサムが何か怪しい書類を隠しているのを目撃する。その書類には、公爵家の財政状況や怪しげな取引の記録が記されていた。彼の不正な行為を知ったアプローズの心には、わずかながらの疑念と怒りが芽生える。「私を単なる道具として使ってきた彼が、実は自分の欲望を満たすために違法な手段を取っているとは…」彼女は愕然としたが、その瞬間、彼女の中に何かが変わり始めていた。
「このまま彼の操り人形で終わりたくない」
アプローズは、初めて自分のために立ち上がる決意を固めた。
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