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第四章: 裏切りと陰謀
しおりを挟むビトゥルボ・マセラティの心にわずかながらも希望の光が差し込んできた。アストルとの出会いがもたらしたものは、新たな出会いと癒しであった。しかし、彼女の周りには、まだ暗い陰が忍び寄っていた。彼女がどれだけ気高くあろうと、そして傷を癒し始めようと、世間の冷たい視線と噂は彼女を取り囲んで離れなかった。
ある日、ビトゥルボは家族から呼び出され、公爵家の居室に集められた。父であるマセラティ公爵の厳しい表情と、母の不安げな視線が彼女を迎えた。両親がそろっている場での呼び出しは、彼女にとってあまりいい兆しではなかった。心に小さな不安が芽生えつつも、彼女は毅然とした態度で居室に足を踏み入れた。
「ビトゥルボ、話がある」
父の厳格な声が響き、居室の空気が一層冷たく張り詰めた。ビトゥルボは静かにうなずき、父の言葉を待った。
「最近、君の婚約破棄に関する噂が広まっていることは知っているだろう。その噂の中には、私たち公爵家にとって非常に不名誉なものも含まれている」
父の言葉は、ビトゥルボにとって痛みを伴うものだった。婚約破棄が世間に広まるのは当然のことであり、彼女自身もそれを予期していた。しかし、その噂が自分一人のものではなく、公爵家全体の評判に影響を与えていると知ったとき、彼女の心には後ろめたさが沸き起こった。
「それが事実なら、私が公爵家の名誉を傷つけたことを深くお詫び申し上げます。しかし、王子が婚約を解消したのは私の行動が原因ではありません」
ビトゥルボは毅然とした口調で言い返したが、父の眉間の皺は消えなかった。彼はビトゥルボの言葉を受け流すようにして、さらに厳しい表情で続けた。
「問題はそれだけではない。実は、王子フェリクスと新しい婚約者候補との関係が、君と婚約している最中から続いていたという話も出ているのだ」
その言葉に、ビトゥルボは一瞬息を呑んだ。フェリクスと新しい婚約者が、彼女との婚約期間中から関係を持っていた可能性があるという話は、彼女の心に新たな傷をもたらした。彼女が王妃としての役割に全身全霊で応えてきた間に、フェリクスが裏で別の女性と関係を築いていたのだとすれば、それは彼女への裏切りであり、また彼女を取り巻く人々への裏切りでもあった。
「それが事実であれば、王子の行動は許されるものではありません。しかし、私がそれを証明する術はありません」
ビトゥルボは冷静を装いながら答えたが、その胸中には怒りと悲しみが渦巻いていた。彼女は婚約者としての義務を果たし、公爵家の名誉を守るために尽力してきた。それなのに、裏切りに気づかず、ただ傷つく結果となった自分が悔しかった。
「それについては、私たちで調査を進めている。王家と直接対立するつもりはないが、真実が明らかになれば、何らかの形で報いを受けさせなければならない」
父の言葉に、ビトゥルボは驚きを隠せなかった。公爵家が王家に対してこのような対応を取るのは非常に珍しいことだった。だが、それだけ公爵家の名誉が傷つけられているということでもある。ビトゥルボは、自分がこの件に対して何もできない無力感を感じつつも、家族のために自分にできることを模索する決意を固めた。
数日後、彼女はふとした偶然でアストルに再会する機会を得た。彼女はこの数日の出来事について話すつもりはなかったが、彼の優しげな瞳に促されるように、自然と心の中の苦しみを吐露してしまった。アストルは、彼女の話を黙って聞いてくれるだけでなく、彼女が苦しむ理由を理解し、共感の眼差しを向けていた。
「ビトゥルボ、君がどれほど辛い思いをしているか、僕には分かる気がする。君はただ家族のために、義務を果たそうとしていただけなんだろう」
彼の言葉には真実が込められており、ビトゥルボは自分が本当に理解されていると感じた。フェリクスとの婚約破棄の後、初めて誰かに心の中をさらけ出せる相手が見つかったのだ。彼女は、アストルといるときだけは自分を偽らずにいられることに、安堵と喜びを感じた。
「ありがとう、アストル。あなたに話すことで、少し楽になれた気がする」
彼女は微笑みながらそう言ったが、その心にはまだ未解決の問題が残っていることを自覚していた。フェリクスの裏切りが確かならば、彼女はその事実に対して何らかの形で決着をつけなければならない。しかし、彼女がどう行動すべきかはまだ分からなかった。
その時、アストルがふと口を開いた。
「僕が知っている情報源にあたってみよう。君の言うように、もし王子が裏で何かをしているのなら、君だけでなく多くの人々にとっても問題になるはずだ」
彼の申し出に、ビトゥルボは驚いたが、同時に彼の頼もしさを感じた。彼は自分に対して、無償の協力を申し出てくれる存在であり、彼女が信頼できる人間であることを確信したのだ。
「アストル……そんなことまでしていただけるのですか?」
彼は微笑んで頷いた。
「君が一人で背負わなくてもいいんだ。僕も協力するよ」
彼の言葉に、ビトゥルボは胸が熱くなった。これまで自分一人で戦い続けてきた彼女にとって、誰かが共に戦ってくれることの安心感は計り知れなかった。
こうして、ビトゥルボはアストルと共に真実を追求する決意を固め、フェリクスと新しい婚約者、そしてその背後に潜む陰謀を暴くための道へと進み出した。
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